クールの崩壊


(誕生日に欲しいもの、教えてくれますか?)
(じゃ、先生って呼ぶの止めろ。俺の名前、知ってんだろ?)

 俺の雰囲気が変わった事に気が付いて、お前の瞳が僅かにゆらぐ。
 そういう敏感で感受性の強いところ、結構俺の好みなんだぜ?

「先生って呼ぶな、なんて 急に言われても」
「別に強制じゃねぇから。欲しいもの、知りたくねぇんなら良いし」

 クールな仮面を被って来た教師の心情を、お前はきっと分かってんだろ?

 ここまで来たら
 さっさと俺の手に堕ちれば良い。

 そんな事を考えながら、心拍数だけがどんどん上昇していく。
 腕のなかで小さく震えるお前を、本当はもっと強く抱き締めたくて。

「とりあえず、理科室戻んぞ」
「え…何で、ですか?」

 後ろから抱き締めていた身体を少しだけ離すと、身体を反転させて正面から瞳を覗きこんだ。

「聞かなきゃ理由わかんねぇのかよ」
「……」

 ばーか。ホントは俺の考えてる事なんて全部分かってるくせに、わざわざ聞くなって。

 それとも、言葉できちんと聞かされて悦ぶタイプなワケ?その気持ちは、俺にも分からなくはないけど。
 耳からの刺激っつうのは、結構ダイレクトに身体に響くモンだから。


「取り敢えず、俺に逆らうな」
「でも センセ、」
「先生って呼ぶなっつったろ?」
「……っ、」

 くくっ。マジで可愛い奴。
 そうやって、じわじわと捩伏せられる屈辱を、実はちょっと愉しんでんだろ。

「ほら、名前呼んでみろよ。ん?」
「……意地、わる」

 蔑むような俺の物言いを、どこかで悦んでいるお前の反応に気付いたら、抑えが効かなくなった。
 頬に手を掛けて、瞳を凝視したまま柔らかい肌をひと撫ですると、お前の肩がきゅっと強張る。


「名前、知らねぇとか言うなよ…」
「知ってます。シカ …っ、ぁ」

 耳朶に触れる位置で愛しい名前を囁くと、艶やかな唇からはちいさな吐息が漏れる。
 甘ったるい頭の芯に響く周波数の音波が、聴覚を快く刺激するのを味わっていたら
 不意に、ぎゅっと白衣の胸元を掴まれた。

 そのしがみ付いて縋るような反応、もしかして計算?
 そうじゃねぇとしたら…無意識で俺を煽るなんて、罪なオンナだな。


「さっさと戻んぞ」
「でも、もう…外、暗いし」
「ちゃんと後で送ってくから」

 な……?と、もう一度甘く掠れた低音でお前の名を呼んで、肩を抱く。

 生意気に焦らしプレイのつもりかよ、これ以上反抗されちまったら俺も自信ねぇぞ。
 これまで、散々我慢して来たんだからよ。

 耳元に吹きかけた吐息に応え、予想通り大きく揺れた肩を片手で固定すると、そっと額に唇を押し当てた。

「センセ…どうして」
「だから。呼び方違うだろ?」

 潤んだ瞳で見上げられると、身体の奥がじわりと疼き始める。

「だって、」

 初々しい反応が堪らなくて、もう一度手から鞄を奪い取ると、抱え込むようにして部屋へ連れ込んだ。

 仕方ねぇだろ。世間体よりも欲望の方が大きくなっちまったんだから。
 でも、それも全部お前の所為なんだから、責任は取れよ?



 ――カチャリ。
 後ろ手に鍵を掛けた際の金属音が、薄暗い理科室いっぱいに響いた。


 あーー。
 これって、犯罪 だよな。
 でも、お互いに想いすぎて苦しいんだから、きっと許されんだろ。許して下さい神様。日頃から信心してねえくせにムシのいい話だけど。

 すこし潤んだ目で俺を見上げたまま、一歩後ろへと間隔をあけたお前の姿が、やけに扇情的に見える。


「奈良先生…何か、コワい」
「シカマル、だろ?」

 先生はもっと冷静で大人で、落ち着いた人だと思ってた…なんて、今更言われてももう遅ェからな。
 眼鏡の奥からじっと見つめるお前の顔には、怯えに隠れた別の感情。
 期待が潜んでいるのが見えてしまうから喉の奥で低く笑った。

 だから、お前みたいな女って好きなんだよ。

 ドサリ。手に持っていた重たい鞄を下ろすと、じりじりと距離を詰める。
 従順そうに見えて、そのくせ気が強くて。男の征服欲を掻きたてるのが上手いのは、本能的なものだろうか。

「どうした、逃げんなよ」

 壁際に追い詰めて、両手で華奢な肩を抱き竦める。

「俺のこと、好きなんだろ?」
「っ!!違っ」

 にやり、口の端を歪めると、そっと唇を塞いで言葉を遮った。

「いい加減、素直になれば」
「っ……、」

 ふたりの唇同士が、何度も何度も重なり合って、その度に息が上がって行く。
 下唇をやさしくついばみ、舌先で唇をゆっくりと舐め辿り、苦しげな息を引き出して。口内に舌をそっと差し込む頃には、彼女の身体から力が抜けていた。

 白衣に添えられた白い指先は小刻みに震えて、快楽に耐えるように布を掴んでいる。
 うっすらと汗ばんだ額に髪の毛が張り付き、まるで酸欠になったかのように肩で息をして。

 こんな姿に、欲情しない男なんていねぇって。

 しめった淫靡な音を立てて、小さな舌を貪るように吸いながら、眩暈がした。

「好きって言えよ」
「……や、だ」

 不意に唇を離すと、嚥下し切れなかった唾液が、彼女の唇の隙間から伝い落ちる。

「聞きたい事だけ聞いて、俺のお願いは聞いてくれないワケ?」
「……っ!!」

 ふっ、と耳元に息を吹きかけると、抱き締めた身体がぴくりと揺れた。

「お前、そんなに我儘な生徒だったか?それとも、もう聞きたくなくなったか」
「……っ、センセ」
「だから、先生じゃねぇって。もしかして、」
 お仕置きされてぇからワザと間違えてんの?

 聞き返しながら、首筋に舌を這わせる。

「い……やっ」

 あー、マジでやべぇ。
 加虐心がますます増幅されて、止まんなくなりそう。

「さっさと言えよ、でないと止めれなくなんぜ?」
「……っ!!す、き」

 か細い声で紡がれた短い言葉で、背筋を快楽物質が走り抜ける。

「ん、聞こえねぇ…誰が、好き?」
「シカマル先生が、好き。すきです」

 うわ。何だこれ、胸がすげぇ苦しい。
 心拍数……上昇し過ぎて本気でやべぇんだけど。

 恋を覚えたてのガキかよ?俺は。

 煩い位に騒いでいる自分の心臓に戸惑いながら、括れた腰を引き寄せる。
 ありったけの愛おしさを込めてお前を見降ろしたら、俺の首にしなやかな両腕が絡みついた。

「好き、大好き…すき。シカマル先生がすき」

 感情が咽喉の奥から溢れ出したとでも言うようなやり方で想いを吐露されると、勝手に跳ね上げられた激情で、全身が総毛立つ。

 ホントは呼び捨てにして欲しかったけど、今日はこれで勘弁しといてやるか(でないと俺…自信ありません)。


「俺も、だよ」

 耳朶を食みながらちいさく呟いて、もう一度お喋りな唇をそっと塞いだ――


クールの崩
(誕生日に欲しいもの。早く教えて)
(俺が欲しいモノは お前。心も身体も何もかも全部、な。)


(……っ!!奈良先生のバカ。)
(誕生日、期待してっから。因みに、好きな下着の色は“黒”か“ブルー系”な。覚えといて。)
 
-------------------
2008.09.18
教師シカマル×生徒ヒロインバージョン
曖昧な私たち の続編です
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -