ごめんねベイビー

「煙草やめろって言ってんだろーが、この馬鹿っ」
「……ごめんなさい」

 突然浴びせられた罵声に、なかば条件反射的に謝罪の言葉を発する。
 喫煙所にいた皆が、鬼の形相をした土方さんに釘付けになって身体を強張らせる。

「さっさとこっち来い、話がある」
「はい」

 その場にいた人たちに軽く会釈をすると、慌てて土方さんの方へ走り寄った。

 これ以上怒鳴られたら敵わない。
 男の人の出す大きな声って、苦手だから。


「…ったく、おめぇは何度同じ事言わせんだ?何で吸うんだよ」
「………」

 鋭い眼光で私を見据える副長の唇には、現在進行形で煙を立ち上げている白い筒。

 って、全然説得力ないんですけど。
 むしろ神経逆なでされて、余計にやめたくなくなるというか。
 なんで副長はそこまで、私の喫煙に煩いのだろう。

「どうして…」
「あ?おめぇ、口答えする気かよ、コラ!!」

 こ、怖いです副長。その顔…瞳孔開いちゃってるし。
 私はただ、その禁煙を強要する理由が聞きたいだけで。口答えなんてするつもりないんですけど。

「すみません」
「とにかく、黙って俺の言う通りにしろ」

 はい。と、渋々返事をしながら右側に立つ副長を見上げる。
 頭ひとつ分高い位置にある顔がやわらかく緩んで、薄い唇の隙間から吐き出される煙。

 あー…やっぱりスゴク美味しそう。
 ずるいなぁ、自分だけ。一口でいいから、私も吸いたい。


「ん」

 人差指と中指の間で紫煙を立ち上げるモノが、目の前に差し出されて。

 え…土方さん。
 もしかして私の心、読みました?


「吸いてぇんだろ?一口だけ、な」

 吸いかけのこれを…って、カンペキ間接キスになっちゃうんですけど。

 でも
 吸いたいかも。
 というより、土方さんと間接キス…したい。です。

 けど、やっぱりそれは流石に、ね。

 ためらいのまま手を差し出せずにいると、背後から回って来た左手で頭を固定された。

 え、何ですか…コレって。

 おおきな掌の感触が、背筋に鈍い戦慄を走らせる。
 右上からじっと顔を覗き込んだ土方さんは、ニヤリと口の端を歪めて。

 急にどうしたって言うんだろう。
 もしかして、試されてるのかな。「吸うな」と言われてスグに、私がどうするのか。

 きっと、そうなんでしょう?


「吸いてぇんだろうが、」
「……っ」

 次の瞬間には、まるで当然の事のように副長の手が私の顔を覆って。
 親指が軽く頬に触れた。
 目の前に差し出された吸い口を、銜えざるを得ない所まで近付けられる。

「ほら、遠慮すんな」
「でも……」

 拷問ですか、それとも飴と鞭の「飴」ですか。
 私、どうすればイイ?

 唇を引き結んだまま上目遣いに右側を見上げると、ふっ と土方さんが吐息を漏らす。


「口、開けろ。別に今は構わねぇから…副長命令だ」
「……ホントに?」

 頷いた土方さんの左手が、私の髪をくしゃりと撫でる。
 薄く口を開くと、煙草を挟み持つ土方さんの指二本が、そっと唇に触れた。


「デカい声出して、悪かったな」
「……」

 煙を吸い込むよりも、唇をなぞる土方さんの指の感触にドキドキしていて。
 マトモに返事をすることさえ出来ない。

 間接キス、しちゃったよ――

 いつも自分の吸っているものよりキツいその香りは、土方さんそのものだった。

 私が息継ぎをするタイミングを見計らうように、顔の前から浮遊した掌。
 すこし短くなった煙草が、当然のように、土方さんの唇に銜えられる。

「でも……俺の居ない所で、」
 あいつらと一緒には吸うな。

 言葉を繋ぎながら顔を背ける副長の耳…赤い?


 それって、もしかして

 「嫉妬」ですか?


 副長、結構可愛い所あるんだ。
 私、「禁煙令の理由」しっかり把握しました。


「じゃ、吸うときは必ず土方さんと一緒に」
「……おう」



ごめんねベイビー

自己防衛ばかりに気を取られ、ますます弱くなっていく僕を踏み潰してくれ
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