指先から、熱

「ヅラの馬鹿!!」
「……ヅラではない、桂だ」
「そんな事、今はどっちでもいいでしょ?」
「いや、大事なことだぞ」

 でないと、お前も将来はヅラと名乗らねばならん羽目になるのだから。
 そもそも何でお前がヅラと呼ぶ?いつもは俺を名前で呼んでいたではないか。
 あの、ふざけた銀髪天パ男の差し金か?全く、困った野郎だ。
 攘夷志士になるという決断もできずに、下らないことばかりをお前に吹き込んで。

「とにかく…何でなの?」
「なにが…だ?」
「何故そんなにいつもいつも無理ばっかりするの、」
 またそんなに酷い怪我して…もう、信じられない。暫く連絡もないし。何処にいるのか、生きてるのか死んでるのかも分からないし。いっそのこと、私の前から居なくなってくれた方がマシだよ。


 矢継ぎ早にキツイ言葉を吐きながら、お前の唇は小さく震えていて。

「無理などしていない」
「嘘ばっかり。小太郎の嘘吐き、」
 こんなに沢山傷を作って帰ってきて、無理してない訳ないでしょう。だいたい、私が……わたしが、どんな想いで……

 唇を噛み締める姿に切なさが込み上げて、掌をふわりとお前の頭に乗せる。

 心配してくれたのだな?
 俺は強いから心配するなと、あんなに何度も言っているのに。そんなに俺は信用がないのか。

「別に俺も、怪我をしに行った訳ではない」
「分かってます、分かってるけど…」

 胸の包帯を取り替える掌をそっと包み込んで、腕を引き寄せる。

「すまない」
「小太郎……」

 可弱い声で俺の名を呼びながら、白い指が唇を辿る。
 指先から伝わる熱で、危うく心臓が止まりそうになった。


「私は、何もしてあげられないから」
「……」
「黙って待ってるしか、出来ないから」
「構わん」

 攘夷活動の何たるかだとか侍魂だとか、難しい事をお前に理解してもらおうなんて思ってはいない。
 ただ、黙って俺の傍にいてくれれば、いい。
 隣でいつも笑っていてくれれば、それだけでイイ。


「生きて。生きていて」
「当然のことだ」

 やっと笑ってくれたお前を抱き締めると、形良い額に唇を落とした。


「ほっとしたら、お腹空いてきたね。小太郎何か食べたいものある?」
「ああ。ひとつだけ、な」
「分かった!!お蕎麦でしょ。ちょっと待ってて、直ぐに茹でるから」
「いや、その必要はない」

 唇だけを歪めて渇いた笑いを漏らすと、不思議そうな顔をしたお前が俺を見上げる。

「な、何…お蕎麦食べたくないの?」

 その細い身体をそっと横たえて。

「あ!!こたろ…怪我してるのに、だめ。無理しないでって言っ…」

 上から覆い被さると、言葉を紡ぎかけたちいさな唇に、自分のそれを押し当てた。

「今からお前を食べる」

 肩口に手を忍ばせて。着物の合わせ目をずらしながら、首筋に軽く歯を立てる。

「痛っ!!死ね……エロヅラ!!」
「エロヅラではない、桂だ」
「そんなの知らなっ!!」
「っふ……そんな事、言ってられるのも今の内だぞ」

 唇を重ねながら、しゅるりと帯を解いたら、潤んだ瞳が俺を見上げる。

 顔の脇で固定した両手の指をきつく絡めると、抵抗するように暴れていた身体が大人しくなった。



指先から
(お、お前の名字を桂にしないか…?)
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