網膜がイカレた

 何の因果か幼馴染の買い物なんかに付き合わされてるのは、別に俺が暇だからとかフェミニストだからとかじゃなくて。
 ただ、お前と一緒に居たかったから。という、単純な理由。



「ヘン…かな?」

 覗き込んだその先に見えた姿は、余りに記憶の中の印象と違っていて、どくり…心臓が騒ぐ。
 確かこいつのこんな姿を見せられたのは、まだガキの頃で。ぷっくり出た腹とペタンコの胸、だった筈…なのに。
 いつの間に、そんなエロいカラダに成長したんだよ?
 しっかり発育した胸と、華奢な鎖骨。括れた腰に、かわいいカタチの臍。やわらかそうで真っ白な太腿。
 マジで、くらくらする……

「全然ダメ…。んなの、似合わねぇって。止めとけ」
「……そう、かな?」
 じゃ、着替えてくる。


 寂しそうな後姿に罪悪感が募るけど、とにかくソレは絶対ダメだ。
 俺以外の男たちの涎を垂らしそうな視線が、ありありと目に浮かぶ(ちなみに、今は来週海へ行くための水着を選んでる最中だったりする)。


「じゃあ、コレは?」
「さっきよりはマシだけど……却下」
「なんで!?どこがおかしいの?」

 おかしい訳じゃねぇ。寧ろ似合いすぎて、横目に捉えるだけでも苦しいくらいだ。取り敢えず臍は隠してくれ。お願いだから。

 目を閉じても記憶に焼き付いた白い肌が、なだらかな曲線を描く身体が、大脳の奥でまっしろに弾けるようにチカチカして。
 何つうか、喰っちまいたい…。襲うぞ、マジで。

「全部だよ。デザインも、カットも。お前には全然似合わねぇって」
 まだちょっと早過ぎんじゃねーの?

「シカマル、なんか意地悪」

 なんとでも言えばいい。とにかく、それはダメ…理屈じゃねぇ。そんなモン着られたら、こっちの身がもたねぇって。
 まるで、欲情してくださいって頼んでんのと一緒じゃねぇか。こんなデザイン、考えたヤツを恨むぜ(まぁ、ある意味感謝もしてるけど。……男心は複雑なんすよ)。

「分かったら諦めろ」

 意地悪っつうか、嫉妬と独占欲なんだよな…ホントは。
 露出度が高いのは、俺だけの為だったら大歓迎なんだけど、泳ぎに行くんなら話は別だ。
 どうせ一緒に行くのは、思春期丸出しのあのバカ達だろ?あいつらに、お前のこんな姿見せれるかっつうの。

(いのもサクラも、ビキニにするって言ってたのにな…)

 小さな呟きは聞こえないフリ。あいつらの格好なんて全然興味ねぇし、ビキニでも何でも好きにしろ。でも、お前は絶対ダメ…他のヤツらにそんな恰好を見せるなんて、無理だから。

「いいから、別のにしろって」

 少し怒った素振りで試着室に向かう背中を見送りながら、小さなため息を漏らす。


「じゃあコレならどう?」

 数分後、怖ず怖ずと開かれたカーテンの隙間から覗く肢体に、再び眩暈がした。
 でも、まあ…さっきよりは露出度も落ちてるし、臍も隠れてるしな。
 コレならぎりぎりセーフ、か…(何がぎりぎりって、そこは敢えて聞くなよ?つまりは、儚い理性っていうヤツだ)。

「ま、似合ってんじゃねぇの?」
「良かった。じゃ、コレにするね」

 ふわり、崩れた表情で腕に抱きつかれて。嬉しいのは分かるけど、確かに可愛いけど。今はちっと勘弁してくんねぇかな?
 俺も崖っぷちで耐えてんだから……


(ほら、さっさと着替えて来いって…帰るぞ)
(はーい)

 ちらりと見えた胸の谷間と、腕に残ったやわらかい感触。



 不覚にも、

 カラダ中の血が騒いだ――


 ◆



 何処までも青すぎる空にふいに泣きたくなったのは、夏の終わりの太陽が眩しいからじゃなくて。
 視界いっぱいに映り込む青空の前景に、どうしようもなく心を揺さぶられたから。


「お待たせ、シカ……」

 聞こえた声に、閉じていた目をちらり、片目だけ開く。
 陽光をバックにしたシルエットは、視細胞に届いて網膜で符号化される。
 色、形(思ったより肌の色素が薄いとか、滑らかな身体のラインにそそられるとかいうのはまたその次の段階)、テクスチャーなどの単純な情報が集まって、ヒトの形を視覚が認識する。

「どう、かな……?」
「……どう、って(試着のとき、似合ってるっつったろ?)」
 
 網膜への入力刺激に、思考は付随しない(あくまでも物理的な情報だけ…のハズだ)。
 伝わった符合がシナプスで変化して、脳のある部分に伝達されるとやっとある種の感情が生まれる。「綺麗だ」と。「やっぱりこいつの事が好きだ」とも。
 そう感じてしまったらもう止められない。勝手に心拍数は上がり、ずんと鈍い刺激が身体中を走り抜ける。意志に関わらず…
 「触れたい」「繋がりたい」「壊したい」「泣かせたい」……そして俺は持て余す。腹の底で燻る欲望を。


 薄く片目を開いてから

 その間、僅か0.5秒――


「ヘン?」
「……い、や」

 何だコレ、室内で見るのと太陽の下で見るのとで、こんなに感覚って変わるもの?
 今すぐ押し倒しちまいたくなるくれぇ、可愛くて堪んねぇんだけど。
 …手を伸ばせ、彼女に触れろ、抱き締めてキスをしろ。脳が身体に送る信号で、俺の中はいっぱいになる。精神と肉体が鬩ぎ合う。
 はぁー……オトコって、めんどくせぇ。


「シカマルは泳がないの?」
「……めんどくせぇから、パス」

 ……とは言っても、このままお前を一人で行かせちまうのは危ねぇよな?勿論そんなつもりもねぇし。
 夏の海には、飢えた狼が大量発生。放っておけば、どこの誰とも知れぬ男に攫われるのがオチだ。それに、お前のこんな可愛い姿は誰にも見せたくない。独り占めしていたい。

「せっかく、楽しみにしてたのに…な」
「じゃあ、さ。皆が一泳ぎして帰ってくるまで、」
 お前もここに居れば?

 溢れそうな欲に灼かれて嗄れた咽喉から、何とか掠れた声を絞り出す。

「……何の為に海に来たのか分からないじゃない」
 海、入ろうよ!!

 いや、それはそうなんだけど…そんな透き通ったエゴイズムで俺を煽んなっつうの。
 っつうか、今日位は俺のエゴを受け入れろよ。でないと、俺…何すっかわかんねぇし(何て、勝手な理屈だ)。

「後で、一緒に行ってやるから」
 ここに居ろ。

 脳からの指令に素直に従って、細い手首を掴むと隣に引き寄せる。

 掌から伝わる肌の感触で、ますます背筋がぞくぞくする(もっとお前に触れたい)。
 力なく肩を落とした姿が目に入ると、抱き締めたくなる(もっとぴったりと肌を重ねたい)。
 視界に映り込む真っ白な太腿に、つい手を伸ばしたくなる(その腕にも小さな脚にも、吸いついて飲み込んでしまいたい)。

「なんで?」

 ここで、疑問形は止めてくれ。正直に言える訳ねぇだろ?
 お前と視線が重なるだけで、体中で化学反応を起こすように、熱が一点に集まって。
 苦しくて苦しくて、どうしようもなくなった末に、唇から冷たい言葉を吐き出した。

「黙って俺の言うこと聞いてればいいんだよ。バーカ」



 きっと

 俺のシナプスは

 壊れているんだ――



(ああ上手くいかないことばかり、まるで想いの分だけ空回りするように出来てるみたいじゃないか…)(そんな自分が、もどかしくて堪らない)
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2008.10.11
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