本能ベクトル
もしかして、お仕置き期待した? んな訳ねぇか。
いや、でも100%無いとは言い切れねぇんだよな、お前の場合。
何つっても、天然だから――
正直、お前の思考なんて手に取るように分かるっつうの。
"勉強はしたいし、しなくちゃと思うけど、このまま俺を受け入れてもいいかも知れない"だろ?
ま、取り敢えずいまは"勉強をしたい"という意志を、尊重してやるよ。補習で一緒に帰れなくなんのは嫌だし、な。
「…また間違ってる」
「だって…数学とか物理って苦手。意味分かんない」
「こんな分かり易い教科、ねぇっつうの」
論理的だし、覚えりゃ一発だし。誰かの思考を類推して云々とかいう文系教科より、よっぽどラクだろーが。
苦笑をしながら頭を撫でてやると、機嫌を損ねた表情が俺を見上げる。
んな顔してても、可愛いっつうの。
「シカマルとは頭の構造が違うんです…」
「それにしても…ヒデェだろ?」
「うう、」
ほら、続きやんぞ。と促して、再び頭を突き合わせた。
靡く髪からは、理性を混濁させそうな甘い香りが溢れている。
こんな中でお前に勉強を教えてやってる俺って、出来た彼氏だろ?
「ったく、何回説明させんだよ」
「…ゴメン」
申し訳なさそうに俯くお前の方へ、じりっ、少しだけにじり寄る。
その頼りなさそうに肩を落とした姿と、つんと尖らせた唇が、俺を煽ってるって…気付いてんの?
「……」
「……?」
不思議そうに首を傾げる仕草で、さらりと流れた髪の隙間から、小さな耳が覗く。
…っ!!
たったそれだけのことで、心臓が暴れ始める。
じりっ、また少し膝を進めると、それに押されるようにお前の体は後ずさる。
「……」
「あ、あの…シカ?」
また少し膝を進めると、それに追随してお前は後ろへ下がる。
この部屋の構造、分かってんの?いや、気付いてねぇな。今のお前は、目の前に迫ってる俺に夢中のはず。
「ん?」
「さっきから、なんで近づいてくるわけ?」
じりじりと近付く。額が触れそうな所でお前が後ろへ身を引く。
壁までは、あと1メーターもない(もう少しで袋の鼠だ)。
「お仕置き」
「は?」
本当はお前だって、さっき俺にお仕置きされたかったんだろ?
鈍感だから自分の本心に気付いてねぇだけで。
「だから"お仕置き"だって」
「な、なんで?」
それも説明しねぇと分かんねぇの?
さっきからの流れで、分かんだろ。
理性を総動員すんのをやめて、本能の指示に素直に従うことに決めったてことだよ。
今更抵抗するなんて無駄だぜ(本能を全開にしたオトコから、逃げられるなんて思うなよ?)。
「俺がいくら説明したって、理解してくんねぇだろ?」
理解する気もねぇみてーだし。
にやり、口の端を歪めて、また少し近付く。
お前が後ろへ下がろうと両腕を背後に伸ばすたびに、付き出される胸が俺を誘う。
ますます近付きたくなる。
「そ、それは…でもこっちだってねぇ、理解しようと必死なんだからっ!」
「じゃあ、頭でダメなら身体で覚えさせるってことだな」
俺がここまでするんだから、感謝しろよ?
ああ言えばこう言う…ってのは、今の俺の事を言うんだろうな。
お前もきっと、そう思ってんだろ?
ま、回る頭はこういう時にこそ有効利用しねぇとな(つうか、無茶苦茶な理屈だけど)。
流石に数学をカラダで教えられるなんて、無理な話だ(いくらお前でも気付くよな?いや、気付いても気付かなくても、もう一緒だけど…)。
「とにかく、そんな事しなくていいからっ!」
焦ってる表情も、堪らなく愛おしい。
身をよじるたびに浮き出る鎖骨のラインに、吸い付きたい。
ふわりと揺れるスカートの裾からは、真っ白な太腿が覗いて、ますます理性は混濁する。
お前の背中側の壁までは、あとすこし。
「随分と余裕じゃねーか。自分の立場考えてみろよ?」
「もー、だからこっち来ないで……っ!?」
やっと、後ろが壁だってことに気付いたみてぇだな。
でも、もう遅いって。くくっ…(将棋で言う所の、"詰み"だな)。
「ほらみろ。もう逃げらんねぇぜ?」
「っ…!!バカマル!エロマル!」
俺を押し返すように伸ばされた両手は、簡単に覆せるほどに細くて。
背中を壁に押し付けると、指を絡めて大きな瞳を見詰めた。
「何とでも言えよ」
怯えた表情に、無意識で口元が歪む(俺は生来のサディストらしい)。
「…でも、」
細い顎に手を添えると、そっと唇を塞いだ。
本能ベクトル覚悟しろよ?もう止めらんねぇから