無条件降伏

 きっとそんなの、最初から無理だったんだ。
 いつもより距離が近いせいで、低く聞こえる声が、私の中に入ると勝手に身体が反応する。


「お前、このまんまだと毎日放課後補習決定だぞー?嫌なら、頭だけは優秀な彼氏にでも勉強教えて貰えよ」

 先生があんな事言うから、シカマルにお願いして(今は彼の部屋に居る)、一緒にテスト勉強をしてるんだけど。
 並んで小さなテーブルに向かっていると、膝頭が触れそうで。ほんのりと衣服越しに伝わってくるシカマルの体温で、ドキドキする。

 いやいや、ダメだ。
 今日の目的は勉強。シカマルに勉強を教えて貰う為にここに来たんだから。しっかりしろ私。


「でな、この数字をここに代入すんだろ?」
「ん……」

 ぶるっと頭を振って、ノートに視線を落とすと、シャーペンを握っているシカマルの手のドアップ。男のヒトっぽく骨ばっているのに、白くて綺麗な指。触れたい、ふれられたい。
 そんなものを見せられたら、ますます余裕がなくなる。頭の中がぼーっとしてくる。

「おい。ちゃんと聞いてんのか?」
「うぁ!い、いきなり耳元で喋んないでよ」

 ふたきりの空間で、潜めた声は少し掠れていて。耳朶にかかる吐息が、髪を揺らした。
 擽ったくて、肩が竦む。

「ったく。ボーっとして一体何考えてたんだ?」
「え。そ、それは…」

 シカマルの綺麗な指に見惚れてたなんて、言えない。
 その声に、聞き入っていたなんて言ったら、怒られるに決まってるし。

「なぁ、」
「なに?」
「お前、集中出来ねぇの?」

 部屋にはシカマルの匂いが充ちていて、嗅覚と聴覚と視覚からの情報が私を翻弄する。
 集中なんて、出来る訳がない。

「どーせ聞かねぇんなら、別のことヤる?」

 はっ、と顔を上げると、シカマルの口元はあやしげに歪んでいて。
 さっきよりももっと近くに、整った顔が迫っていた。
 別のことって、ヤるって、 もしかして――

「……えええ!?ごめん!ちゃんと聞くから!」
「じゃあ勉強料先払いってことで」
「何それ!」

 くくっと喉の奥を鳴らして楽しげに笑う姿に、身体が縫われたように動かない。
 きっとその笑みに私が弱いってこと、この男は知り尽くしてるんだ。ずるいです、シカマル先生。

「問答無用。逃げんなよ?」
「ちょ、待って…」

 視界いっぱいに映る、シカマルの表情と制服の隙間からちらりと覗く鎖骨に精神的に拘束される。
 思考が遮断され、指示系統を失った身体は簡単に組み伏せられて、両手を捉えられると、身動きが取れない。
 絡め合った指から、シカマルの中の熱が伝わってきて、胸が苦しい。

「バーカ。どうせこうなるんだから、最初から抵抗なんてすんなっつうの」
「で、も、」

 今日は本当に、勉強を教わるつもりでここに来たのに。
 そんな風に愛おしそうに見下ろされると、反論なんて出来なくなるでしょう。

 勉強するなんて、無理かも――


 もしかして

 私の行動も感情も何もかも全て

 シカマルの中では計算済み?



もしかして、お仕置き期待した?
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