ブラックジョークはうんざり
いつものように万事屋を訪れると、銀時はやけに神妙な顔をしていた。
「おい……桂」
「桂ではない、ヅラだ」
「………」
「…ではない、やっぱり桂だ」
お決まりのツッコミを入れた後で、訂正して、銀時の顔を覗き込む。
相変わらず神妙な顔。
"やっぱり桂だ"ってなんだ?(珍しく心の中で、セルフツッコミなんてものを入れてしまった…新八君が不在だったせいだ)。
いやいや、でも俺が間違えるのも無理はないよな。銀時が俺の名を正しく呼ぶなんて滅多にないのだから。
今日の銀時はどこかおかしい。
「熱でもあるのか?」
「いや、んなもんねぇよ」
真面目な表情でため息なんてつきやがって、調子が狂うではないか。
あれか?
やっと攘夷活動に参加する気になったか。それならそうと言ってくれればいいものを。
たしかにこの真面目な銀時は、白夜叉時代の彼を彷彿とさせないこともない。
「やっと決意してくれたんだな?」
「は…?ああ、いや違う」
お前に、謝らなくちゃならないことがあってなァ。
そう言ったっきり黙り込んでしまった銀時を、じっと見据えた。
やっぱり、熱でもあるのではないか?こんな殊勝な態度、見たこともない。
「喰っちまったんだよ」
長い沈黙の後でぽつりと紡がれた台詞は、全く要領を得ない。俺を混乱させるのが目的か?
「何を、だ?」
「甘いもの。お前にとっては、この世で限りなく甘いものを」
やはり、さっぱり訳がわからない。甘いものを食ったからと言って、何故俺に謝る必要がある?元々銀時は極度の甘党ではないか、そんなことはお前を知るものなら周知の事実だ。
もしかして、遂に糖尿病を発症したのか?だから、この先二度と攘夷活動には参加できる可能性が断たれたとか、そう言うことか?
「わりぃな」
「別に、謝ることではないだろう」
でも、さっき銀時の言った"お前にとって限りなく甘いもの"という言葉。それが妙に引っかかる。
「ハロウィンで、調子に乗って…つい」
「どういうことだ?」
「分かんねぇか…ま、ヅラには無理だよな。ヅラだもんなあ」
「ヅラではない、桂だ」
今度はちゃんとお決まりの文句を言えた(俺、間違っていないよな?)。
「ほら。ハロウィンの合言葉っつうのがあるじゃねぇか」
「trick or treat(お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ)とかいうヤツか?」
「そう。それそれ!!……で、つい」
ヅラの幼馴染を喰っちまったんだよねー。わりぃな、マジで。
銀時のコトバが、すぐには理解できなかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。
――甘いものを、喰った?
「お前、あいつに惚れてんだろー?」
「……」
まさか銀時に気付かれているとは思っていなかったが、惚れている。どうしようもなく、な。
では、甘いもの=あいつ?
お前…。俺の気持ちを知った上でそれでもあいつを喰い物にした、というのか?
「おーい、ヅラ?怒ってる?やっぱり怒ってるよねぇ?」
決まり文句も言えずに、眉を顰める。
幼馴染を、喰った?俺の何よりも大事にしているあいつを、それも"つい"喰ったというのか?
俺が、何年も手を出せずにただ見つめてきたあいつ、を。
「銀時…お前」
「おいおいおい、物騒なもんは持ち出すなよー。俺とお前の間で、真剣抜くなんて」
あり得ないでしょー?!だから、出来心だって。ちゃんとお前に返すから。そんな怒るなよ、こうしてちゃんと謝ってんだろー?
「責任を取る気は、ないのか?」
「ちょちょ、ヅラっ!!待て待て待て、話聞けって」
おとなしく聞ける類いの話ではないだろう?つまり俺は、惚れた女を寝取られた…ということなのだから。
「銀時…お前がそんなふざけた態度を取るんなら、覚悟しろ」
「じょ、冗談だって…落ち付けよっ!!!あっ」
さっきまで神妙な表情をしていたのが嘘のように、へらへらと笑っている銀時が許せなくて。
刀を鞘から抜くと、ふわふわとそよぐ銀髪を切りつけた。
「小太郎、やめて!!」
「何で……お前がここに?」
いつから潜んでいたのか、隣室の襖が開いて、お前がすぐ傍に佇んでいて。
「ごめんなさい」
「なにが…だ?」
「小太郎の気持ちを確かめたくて、銀ちゃんに協力してもらったの」
「……っ!!」
切羽詰まった物言いと頬を染めた姿に、俄かに脈拍が上がる。
つまりは、ふたりの思惑にすっかり乗せられたということか(お前も、俺を想っていたと?)。
それにしても
あんな真面目な演技までするなんて、銀時も悪趣味だぞ(お前には全然似合わん)。
ブラックジョークはうんざりだ(だから、冗談だって言ってんだろー?人の話聞け、ヅラのバカ…)