白昼メランコリー

 カーテン越しに差し込む淡い光が、緩やかに薄い目蓋を刺激する。
 明らかに朝の光ではなくなっているところを見ると、休日にふさわしくたっぷり寝ていたらしい。

 目を閉じたまま身じろぎをすれば、隣には自分より少し高い体温。
 頬を撫でる優しい掌の感触で、ゆっくりと重い瞼を持ち上げた。


「おはよ…」
「おはようさん」

 開いた視界に飛び込んで来たのは、やわらかく微笑むシカマルの姿で。
 目を開いて一番に映るのが、誰よりも愛おしい男の姿だなんて、久々の休日の始まりとしては最高だ…と、まだ霞んだ頭で思った。


「ん…今、何時?」
「15時ちょっと過ぎたトコ」

 やわらかく髪を梳きながら紡がれる低い声が、耳に心地いい。


「そっか…」

 15時過ぎというと、随分と長い間寝ていたことになる。
 昨日は綱手さまにこき使われて、午前様だったから仕方ないけど。
 今日の休みをもぎ取るためには、それしか方法がなかった(本当に人使い粗いんだから、あの人…この里には、労働基準法はないのか?)。
 それでも約半日を睡眠で潰したなんて、流石に寝過ぎかも。少し頭が痛いのは、きっとそのせいだ。


「……って、シカ!?」


「よぉ。やっと起きたか」

 寝起きでまだ回らない頭を必死で働かせる。
 確か私は昨日、深夜にヘロヘロの状態で帰宅して(もちろん一人暮らしのこの部屋には、自分以外誰もいなかった)。
 余りに疲れ過ぎていたから食事もせずに、シャワーを浴びるとまっすぐベッドに倒れ込んだのではなかった?


「何で…いるの?」
「会いに来ちゃわりぃかよ」

 嬉しいに決まってる。
 でも、今私が聞きたい"何で?"の内容は、精神的理由ではなく物理的なそれ。
 シカマルはどうやってこの部屋(密室だったハズだ)に入ったのか――


「ううん、でも……鍵は?」

 もしかして私、鍵もかけずに寝てた?

 かなり疲弊していたので、有り得ない話じゃない(もしそうだとしたら、なんて怖いことをしてるんだろ…私)。


「施錠、忘れてた?」
「いや。ちゃんと閉まってたけど…覚えてねぇの?」
「………」

 覚えて…ない。夢遊病者的に寝ぼけたまま玄関まで行って、鍵を開けたんだろうか?
 記憶は全くなかった。
 それはそれで、また別の意味で怖いかも。


「合い鍵」
「へ…?」

 端正な顔を覗き上げると、シカマルは目の前で小さな銀色の金属片をゆらゆらと揺らした。


「この部屋の合い鍵、くれたのお前だろーが」
「あー……」

 シカマルの手に握られたその物体には、確かに見覚えがある。

「思い出した?」
「うん。そう、でした」

 片肘を突いた姿勢で少し高い位置から私を見下ろしているシカマルは、すっかり寛いだ表情をしている。
 男の人のこの姿勢が好きだ。掌で押し潰された頬に、不意に触れたくなる。
 開いた胸元から覗くなめらかな肌に、頬を擦り寄せたい。

 いつから、ここに?


「にしても、良く寝てたな」
「ん…退屈させちゃった?」

 表情を崩しながら私の髪を撫でているシカマルの漆黒の瞳に、吸い込まれそうになる。
 優しい目。そんな瞳で、ずっと私を見てた…?

「いや、全然。お前の寝顔、観察してたし」
「ホントはもう少し早く起きるつもりだったんだけど、ね」

 気怠い午後の空気すら、2人でいると心地いい。
 このままずっと、寄り添って寝そべったまま休日が終わってもいい気がしてくる。

「偶には、いいんじゃねぇの?」
「ん…どうしよう、お休みなのに何にもしてない」

 洗濯も掃除も、食事も(眠り続けていたんだから、当然の事なんだけど)。
 溜まった録画も全くチェックしてないし、読もうと思っていた本を開いてすらもいない。

「そんだけ、疲れてんだろ」
「でも…」

 やりたいことはたくさんあったのに。
 シカマルとも、もっとゆっくり一緒に過ごしたかった。


「休める時に休んどけって」
「せっかくのお休みなのに」

 シカマルは小さく喉の奥で笑うと、腰に手を回してぐいっと引き寄せる。
 胸から腰までが密着して、シカマルの体温がじわりと心を溶かす。

「だから余計に休めって」

 "お休み"っつう位だから、身体休めて疲れをとるのが基本だろーが。

 耳元で囁かれる言葉たちは、やさしい。少し掠れた声を、もっともっと聞いていたい。

「何か勿体ない気がして」
「バーカ…なんなら、」

 頭を撫で続けていたシカマルの手が、耳朶を掠めて、顎に滑り降りる。
 小さく肩を揺らすと、にやり、歪んだ表情が、至近距離に迫っていた。

 な、なに?

「嫌でも休むようにしてやろうか?」
「はっ!?なっ、」

 人差し指で顎を支えたまま、親指がゆっくりと唇の輪郭を辿る。
 もどかしいほどに緩慢なその感触が、まだぼんやりした脳内に鈍い刺激を伝える。
 薄く唇を開いたままシカマルを見上げる。

 器用に片手で結い紐に手を掛けて、ぱさり、長い黒髪がほどけた瞬間に一気に色艶が増した。
 とけた髪が、頬にかかる。
 その柔らかい感触が泣きたくなるような作用を私の中にもたらして、微かに息があがる。
 どうしようもなく愛おしいって、きっとこういう瞬間のことを言うんだろう。

 なのに
 私の口は素直じゃないらしい。

 既に浅くなった呼吸は、明らかにこの先の行為を指向しているのに。

「な…に、言ってるの?」

 嗄れた咽喉から、小さな声を絞り出して、意味のない抵抗をする。

 私の上に移動したシカマルは、楽しそうに表情を歪めて。
 つややかな黒髪に彩られたその顔に、見惚れずにはいられなかった。

「ククッ…さぁな」


白昼ンコリー
 でも、多分…お前が考えてるのと同じ事。
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