嫌いなものはたくさん、
頭の悪い人間は嫌いだ。
空気を読めない発言って、恐ろしいほどの負のパワーを持っていると思う。
夕暮れ時の待機所で、手に持った本のページを繰るけれど、内容はさっぱり頭に入って来ない。
半開きの扉から顔を覗かせている、うるさい女の子の群れのせいで。
おおかたゲンマさんの後を追っ掛けてるんだろうけど(だから女性の集団は嫌いなのだ、同性だなんて思いたくもない)。
イイ加減にしてよね、と口を開きそうになった瞬間。まるでそれを読んだかのように、いつもアオバさんが立ち上がる。
「ゲンマなら、確か今頃大門に着く頃なんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「じゃ、私達失礼しまーす」
嘘だ。
だって、確かゲンマさんは今日…任務入ってなかったよ(本当なら、ここで待機してるはず)。
「煩かったね、あの子たち」
「ええ」
「思いっきり、顔に嫌悪感が滲んでたよ?」
「女の群れってキライなんです」
楽しそうに薄く笑うアオバさんは、視線を窓の外に移す。ゆっくりと。
「君も"オンナ"なのに?」
「でも……私は彼女たちとは違いますから」
「へぇー…」
「……」
憂いを帯びた横顔を外に向けたまま、アオバさんは相槌を打つ。溜息みたい。
眼鏡の隙間から見える細い瞳が、軽く歪むさまにドキリとする。
「何で?」
「…女性って、もともと視野が狭いじゃないですか」
そこが堪らなく厭。
渇いた笑い声を漏らす彼に、馬鹿にされてるような気がした。
もう、本を読み続ける気にはなれない。
何か喋って、弁解したいと思ったのは、私が普段からアオバさんに一目置いているからなんだろうか。
興味なさ気に遠くを眺めるつめたい表情を、少しでもこちらに向けたくて。
つまりは、一目置いているだけでなく、きっと異性として惹かれているのだ…と、思う(だから今の状況は、かなり心臓に悪い)。
「彼女たちはいつも、人のせいにするんですよ」
不自由だと、嘆いて愚痴ばかり。
言いながら、今の自分はどうなんだろうと、不安になる。
きっとアオバさんも、そう思いながら聞いてるんだろうな(弁解しようとして、どつぼに嵌ってるんじゃないだろうか。私…)。
「今いるその場所が、誰かに強制された場所みたいに文句ばかり言って」
そういう所も嫌いです。
ふっ…、アオバさんは一瞬だけ私の方を見て、またすぐに視線を戻した。
眼鏡の奥で視線が、どんな感情を物語っていたのかは分からない。
「ホントに彼女たちが厭ならそこから抜け出せばいいのに、」
自分以外のせいにするなんて、下らないと思いませんか?
言い訳を重ねてるように見えるかもしれないけど、これは私の本心で。
現状を導いたのはこれまでの自分の選択の結果、本当に自分の未来が描いたものとかけ離れてしまうと思った時点で、いくらでも引き返せる。
この世は自由だよ。
原因と結果はいつも結びついていて、入力を余程間違わなければ、文句を言うべき現実なんて訪れない。
その論理的な思考が出来ないある種の女性たちが、私は嫌い。
「それだけ?」
「他人の迷惑を顧みない所も大嫌いです」
「なるほどね……」
「一人では何も出来ずにすぐに集団化するところも。それから…」
「もう、いいよ」
「……っ」
短絡的だと思われてしまっただろうか?
目の前のぬるくなったコーヒーをゆっくりと啜るアオバさんから、目が離せなかった。
「君、ひとりで生きてるつもり?」
「……え?」
沈黙の後で降って来たのは、穏やかな口調とは裏腹な、鋭さのある言葉。
今までの私の会話と、それがどう繋がっているのか、すぐには頭が理解できなくて。
なのに、言いようもなく胸がふるえた。
「分からない、か」
「…すみません」
「そう言う所は、君も女性的なんじゃない?」
君は、何でも自分で選んでその通りに生きているつもりなんだろ。
決め付ける訳でもなく、淡々と紡がれるアオバさんの言葉で、動悸が激しくなる。
低い声が、鼓膜から入り込んで脳内をゆっくりと撫でて行く。
「反論は、ない?」
「……はい…」
でもね。
そう言いながらすぐ傍に近付いたアオバさんは、色のついた眼鏡の奥で、一度だけ私をじっと見据えた。
「俺たちは、広い海を流されるちっぽけな木片みたいなもんだよ」
どんなに足掻いても、大きな宇宙の流れからは逃れられない。
アオバさんが何を伝えたいのかは分からないけれど、その言葉は心の中にじんわりと沁みて。
呆けたように薄く口を開いたまま、眼鏡を取り去るアオバさんの仕草に目を奪われる。
「ほら。いま君は自分の意志に関わらず、」
俺の動作に見惚れてるだろ?
思ったよりも緩やかな弧を描く綺麗な瞳は、至近距離で私を映す(って…何でそんなに近いの?いつの間に…)。
「あお、ば…さ」
「だから、これも宇宙の定め」
やさしく唇を塞いだやわらかい感触は、すぐに離れて。
にやりと口端を持ち上げた表情に
心臓が止まりそう――
嫌いなものはたくさん、
好きなものはありません(やっぱり嫌いなものばかりだ…あなた以外は、ね。)