ならばお好きにするがいい

 訳知り顔で蔑んでいられたのは、俺が馬鹿だったせいだ。
 そう気付いた時にはなにもかも手遅れで、鉛を飲み込んだような重たい動揺が身体中を満たしていた。


「副長。私…結婚することにしたんです」
「はぁー?」

 俺に相談もなしに、何勝手に決めてんだテメェ…。
 思わず怒鳴りそうになったのは、相手が自分以外に有り得ないと信じて疑わなかったからで。
 それはつまり、俺の未来をお前に勝手に決められたという意味になる。


「上等だ、コラァ」
「すみません…」
「謝って済むんなら警察いらねェだろーが」
「というか、私たちが警察なんですけど」

 お決まりのバカみたいなやり取りをした後で、お前には笑顔がない事に気が付いた。
 まあ、俺が相談を持ち掛けられて素直に"はい、そうですか"って聞くような男じゃねぇのはお前も知ってるだろうしな。
 愚鈍なお前なりに考えた末、言えなかったっつうことか。



「で、いつだ?」
「来月の…最初の大安に」
「はぁ?バカかお前!!俺、その日は非番じゃねぇぞ」

 何でか知らねぇけど、皆揃ってその日は休み取ってやがるから俺が出ざるを得なくなって、あれ。それってどういうこと 俺、新郎 ダヨネ?

「…ええ。わざとその日にしたんです」
「……」
「副長には来て欲しくないですから」

 いつも話をする時には視線を逸らさないお前が、珍しく俯いて発した言葉。

 フクチョウニハ、来テ欲シクナイ

 ってどうすんだ、お前。そこまで頭わりぃのか?
 新郎ナシで結婚式をする話なんざ、聞いたことねぇぞ。

 脳内は意味を理解できないのに、後頭部を殴られたように鈍い衝撃を感じる。

 コラ、総悟…テメェ、俺の頭また後ろから殴ってんじゃねぇのか!?
 不意打ちは止めろっつってんだろうが。

 ゆっくりと振り返って見たが、そこには誰も居なかった。



「副長には、出席して欲しくないんです」
 私、そんなに簡単に割り切れる女じゃないんで。

 んな事ぁ、長い付き合いだから分かってる。
 お前が馬鹿な女だっつうことも、信じられねぇくらいに真面目で一本気で融通の利かねぇ女だっつうことも。
 だから俺が付いてねぇと、何も出来ねぇんだろーが。この、バカっ!!
 俺に来て欲しくないって…どういう事だ?
 新郎は俺じゃねぇのか?

 消え入るようなお前の声を聞きながら、浮かんでくるのは疑問符ばかりで。



「真選組も、退職しようと思ってます」
「なん、で」
「彼の…主人の意向で」
 すみません。でも、引き継ぎはきちんとしてから辞めますので。

 続く言葉を聞きながら、俺の鈍い頭はやっと状況を把握し始めて。
 鳩尾で渦をまく粘性の高い嫌悪感で、身体の中がじわじわと渇いて行く。

 何故、だ?
 何故その相手が、俺じゃねぇんだ。
 いつまで経っても煮え切らなかったから…お前より剣の事ばかりを考えていたから、か?
 んな事は、最初から分かってたことじゃねぇか。俺から剣を取ったら何にも残らねぇって(そんな俺が好きだと言ってくれたのは、嘘だったのか?)。

 咽喉元まで出掛かった問いを発するのに、ごくりと唾を飲み込んだ。



「相手は、誰だ?」
「…総悟さん」

 漏れた名前を聞いた瞬間、銜えていた煙草がぽろり、唇から滑り落ちる。
 足元で微かな紫煙を立ち上げながら、少しずつ伸びて行く灰を、何も言えずにじっと見つめることしか出来なくて。



「一番隊の…沖田隊長、です」

 訳知り顔で蔑んでいられたのは、俺が馬鹿だったせいだ。
 そう気付いた時にはなにもかも手遅れで、鉛を飲み込んだような重たい動揺が身体中を満たしていた。

 総悟のヤロー…きたねぇ手、使いやがって。俺を貶める為に、こいつまで利用すんのか。
 つうか、お前。寄りにも寄って何で俺の天敵を相手に選んでんだ、コラ。

 近くで笑って俺たちの様子を窺っているあいつの顔が、見えるような気がした。
 さぞかし楽しそうに歪んだ顔してんだろーな。


「じゃあ、私…もう行きますね」

 笑い飛ばして祝いの言葉の一つも掛けられたら、デカい男だと思われんだろうけど。
 生憎俺は、そんな出来た男じゃないらしい。



「土方さん、ありがとうございました」
「……」
「私、幸せでし…」

 そんな言葉を聞かされて、衝動的に抱き寄せたと気付いたときには唇を塞いでいた。
 あいつらが何処かで見てようが、そんな事はもう関係ねぇ。



「勝手に過去形にしてんじゃねぇよ、このバカっ!!」
「十四郎さ…待って」

 デカい男だと言われる事よりも、お前が。目の前のお前だけが欲しかった。

「待てるか、ボケ。あいつにだけは絶対渡さねぇ」
「でも、式場が……」

 上目遣いで俺を見上げる顔を、そっと両手で包み込む。






「結婚相手、俺に変更しとけよ?」


 耳元で低く囁いて

 もう一度深くふかく口付けた――



ならばお好きするいい
(やっぱ土方コノヤローは単細胞でさァ)
(上手く行って良かったですね、隊長)
(ふんっ…せっかく、土方さんを奈落の底に突き落とすチャンスだと思ったんですけどねィ)
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