秘め事

 馬鹿な女にはなりたくない。

 感情的になって、言葉に囚われ自らを苦しめるような、そんな愚かな女には、決して――








 憧れの奈良上忍とのツーマンセルは、予想通り彼の完璧な采配で無事に終わった。
 任務の後、当たり前のように独り暮らしの部屋に送られながら、そっと機会を窺う。

「じゃあな、おやすみ なまえ」

 声を掛けて帰っていく彼の袖を掴むと、訝しげな視線がかえってくる。

 お願いがあるのだと言いながら部屋に引き込む自分は、なんて大胆なんだろうと思った。

 玄関先で立ったまま想いを打ち明けると、彼は急に困った表情になって。頭を掻きながら、視線を落とした。


「別に、嬉しくねぇ訳じゃねえが」
「じゃあ、良いんですか」
「いや、止めといた方が身のためだ」
「なんで」


 理由なんて分かり切っているのに、問い返さずにはいられない。


「俺は、女を傷付ける趣味なんてねぇんだよ」
「ええ、知ってます。奈良上忍はフェミニストだから」

 くしゃりと表情を崩す彼に、胸をぎゅうっと捕まれる。


「ああ。だからもし…本気だってんなら、止めとけ」
「……」

 止められるくらいなら、とっくにやめてる。
 わざわざこんな大それたことなんてしない。

「それよりも、もっとテメェに合う男を見つけやがれ」

 彼の眼は、真っ直ぐに心の奥を射抜く強さと、深いやさしさとに満ちていた。
 共存するように燃える情欲の焔と、苦悩をも孕んだ視線。


 もともと、本気になるつもりなどなくて。本気の恋にギリギリまで近付いた一歩手前。そこが私と彼のボーダーライン。

 それは、別に今の奈良上忍の言葉を聞いて感じたことではなく、紛れもない自分自身の本音だった。軽々しく吐かれる愛の言葉ほど、嘘に満ちたものはないから。



「本気になるつもりなんてありません。ただ、」
「なんだ、」
「奈良上忍へ感じている好意を顕す術があれば…と、願っているだけです」

 私の言葉に、彼はほんのすこしだけ沈黙を保った。
 よく回るその頭で、いったいいま何を考えているんですか。

「オメェ…タブーは侵さねえって言い切れんのか」


 そんなもの、はじめから侵すつもりはなかった。
 ボーダーラインを越えて踏み込むなんて、馬鹿げている。言ってはならない言葉を発するなんて、愚か過ぎる。

 こういう立場の男との恋を始める時点で、覚悟なんてできているに決まっているじゃない。


「勿論、覚悟の上です。一線は決して越えない」
「……」
「それが、私の為でもある。 そして、奈良上忍の為でもある」
「そうまでして、俺との関係を望むってのか」

 彼の言葉にこくりと頷く。


 秘めねばならない関係を始め、続けていくために、最低限かつ最も重要なルールを守ろうとしているだけだ。
 それを、都合のいい女と呼びたければ、そう呼べば良い。でも、私はそんな者になるつもりなどないから。



 彼は好きになってはいけない男。なのにそれを知っても抑えられない気持ちが自分のなかにある。
 ならば、どちらを優先するのかを決める権利も自由も私自身にあるはずだ。



 未来の見えない関係だから、倫理的に正しくない事だからと、諦めるのか。
 今の真実を肌で感じたいから、苦しくてももっと近付きたいから、覚悟の上で突き進むのか。

 そして私は後者を選び、未来より現在を優先したいと思った――というだけのこと。



「俺はただなまえの事を利用するだけかもしれねえぞ」
「奈良上忍は、そんな人じゃありませんから」
「買い被り過ぎだ、阿呆…」
「自分の中にある想いに、忠実になろうとしているだけです」


 歳が離れているとか、彼には既に妻子がいるだとか、好きな時には逢えないとか。
 そんなことは、いま彼に対して感じている想いの前ではちっぽけなことに過ぎない。

 だけど、その気持ちは“本気”という単純な言葉で表せるものではなくて。かといって、真剣でないのかと問われれば、否定も出来ない。

 強いて言うなれば、自分の中にある想いを蒸留して、どろどろとした負の感情だけを取り除いたものに似た、純粋な好意。穢れのない欲情。


 一見矛盾しているように見えるこの論理は、私のなかでは綺麗に完結していた。


 奈良シカクという男に魅力を感じている自分。彼に、特別な想いを抱いている自分。
 その想いを抑えられない自分。そして、関係を深めたいと欲する自分。
 だけど、ある一線から先へは踏み込みたくはない自分。


 ボーダーラインを引くことは、自己防衛の策のひとつで。傷付きたくはない、苦しめたくもない。
 逢えない、見えない時間の彼の生活を邪魔したくはないし、想像したくもない。そんなことには、興味すらない。

 ただこうして、彼が自分の目の前にいる間は、彼の存在だけに集中していたい――それで充分。


「もっと、自分の事は大事にしろよ」
「……」
「親が知ったら泣くぞ」

 そう言って見下ろす彼の瞳にあるのは、やさしさだろうか、それとも欲情だろうか。

「これが、自分を大事にすることだと、私は思うから」


 目の前で未だに苦悩の表情を見せているシカクの方へそっと手を伸ばす。
 右のこめかみを横切る2本の傷痕をそっと撫でると、指先からは想いがあふれ出す。
 シカクの鋭い目の奥に潜んでいた仄かな欲情が、ほんのすこし勢いを強めるのを感じる。


 そのまま指を滑らせて骨ばった頬に触れると、シカクの顔の輪郭を辿り、彼の男臭さを彩る漆黒の髭に指を差し込む。
 やわらかい感触を味わいながら顎下までゆっくりと指を通し、ふわりと漂うシカクの匂いを吸い込む。


 薄く閉じられた双眸の間で、眉根が微かに寄せられて、シカクが男の顔になる。
 その表情を見ているだけで、頭の芯が蕩けそうなほどにうっとりとして、ちいさなためいきを漏らした。


「おい、なまえ…お前、ちゃんと分かってんのか」
「勿論」
「俺にとってお前は大事な存在だ。でも、」
 お前にとっての俺はただの妻子もちの、何の責任もとってやれねー男だぞ。

「分かってます」

 いま、この空気の中で、わざわざそんな言葉を吐き出す彼だからこそ、なおさら愛おしいと思う。
 シカクは両肩に手を掛けると、近付き過ぎた身体を離すようにぐいっと腕を伸ばした。
 そうして出来た距離に、少し安堵したのか、じっと目を見下ろしながら、静かで真摯な声を発する。


「お前を傷付けたくねーんだ。嘘吐いて、気を持たせるつもりもねぇ」
「……」
「だから、止めとけ」

 おおきく左右に首を振りながら見上げたシカクの顔は、我儘な子供を諭すようにやさしく困惑していた。

 あなたのそんな表情も大好きなんです…――

 そんな顔を見せられて、一度打ち明けた想いを易々と引っ込められる訳がないでしょう?




「じゃあ、約束しろ」
「何ですか」
「本気にはなるな。なまえが苦しくて堪らなくなったら、必ず俺に言うこと」
 それが終わりの合図だ…決して俺は追いかけねえ。

「ええ、それも勿論分かってます。追いかけて欲しくなんてありませんから」


 なまえの返事を聞くと、シカクはまだ揺らぎと迷いを含んだ深刻な表情のままで、ひとつ大きなためいきを吐き、そっと額に唇を落とした。


 もう止められねーからな…――


 額に落とされた優しい口付けは、なまえとシカクの関係が始まる合図。







 なまえの肩からシカクの手が離れた直後、するすると伸びてきた影が足元からゆっくりとなまえの皮膚を昇ってくる。

 優しくて官能的な締め付けを施しながら這い登る影は、まるで人の掌のような形をしていた。


 影首縛り?
 こんな術じゃなくて、あなたのその手で触れて欲しいのに。


 黒い手はなまえの両腕をひとつに纏めて、苦しくない程度に縛り上げる。


 まるで実際の手に掴まれているような感覚。
 こうやって触れられている私の肌の感触は、術者の中にまで感覚として還元されるのだろうか。


 目の前のシカクは、両手を合わせて印を組んだまま微動だにしない。


 やがて同じように皮膚を這い登ってきたもうひとつの黒い手は、なまえの下肢から腰、胸へと輪を描き縛り上げる。
 肌の表面に沿って螺旋のように絡みつき、なまえはまるで滑らかで緩慢な愛撫を受けている気分になる。


 身動きの出来なくなったなまえの方へゆっくりと距離を縮めたシカクは、その術を解かぬままにやわらかく艶やかな若いくちびるを奪った。

 噎せ返るような成熟しきった男の香りに眩暈を覚えながら、なまえは呼吸をすることも忘れて、ただシカクのくちびると舌の感触に意識を集中する。
 注ぎ込まれる唾液には、かすかな煙草の香りが混じり、口内を蹂躙していく舌の熱が、シカクの中にある欲望の大きさをなまえに確実に伝えていた。


 なまえが抵抗しない事がわかると、両手の拘束は解かれ、代わりにふたつの黒い手が妖艶な曲線を描く身体を這いまわり、緩急をつけた愛撫が始まる。


 抵抗など、出来る訳がない。だって私は、この瞬間を待ち侘びていたのだから。


 変わらず塞がれたままの唇は、溢れた唾液を潤滑油代わりに何度も左右に上下に擦り合わされる。
 淫靡な音をたてて離れたかと思えば、下唇を甘噛みされて弾かれる。


 まるで生き物のような舌が口内で蠢くたびに、自然になまえの目尻は潤み、頬を涙の雫が伝う。
 互いの唾液が混ざり、卑猥な音を立てながら唇の端から零れていく頃には、既になまえの身体はしっとりと汗ばんでいた。


 なまえの額や頬に張り付いた細い髪を剥がすのは、黒い手ではなくシカクの節くれ立った大きな手。
 筋張っているのに形良く細い指がなまえに軽く触れると、思わず甘いためいきが漏れた。


 ずーっと触れて欲しかったその指に、今まさに触れられているのだ…――

 なまえの心の奥が音を立てながら軋む。身体の芯を甘い痺れが走り抜ける。


 好きになってはいけないと分かっていて、それでも抑えられなかった想いが、なまえのなかでこれでもかと言うほどに大きく大きく膨らんで。
 そっと頬に触れたシカクの皮膚の感触で、一気に弾けた。


「っ、奈良上忍」
「なまえ、そんな声出すな」


 両手をなまえの髪の中に差し込んで、ちいさな頭を支えると、シカクは切なげに眉を顰めてなまえの瞳を覗き込んだ。

 もしかしたら、一方的に自分ばかりがシカクを欲していた訳ではないのかもしれない。そう、思える視線で。


「シカク…だ、なまえ」
「……」
「今はそう呼べ。な?」
「……シカク、」

 なまえの口で紡がれた言葉は、シカクの中で男の性を解放する鍵を捻る。
 可愛い声で呼ばれる自分の名が、興奮を煽っていく。


 ふたりは何かに急かされるようにきつく抱き締めあうと、再びくちびるを合わせた。
 ぴたりとくっついて境界のなくなった胸からは、シカクの逞しい身体の奥で激しく高鳴る鼓動が伝わって来る。
 なまえはその感覚に堪えきれない熱を感じながら、何度もシカクの名を呼んだ。


「シカクっ……シカク」
「なまえ…」

 目の前の男のことが愛しくてならなかった。
 欲しいものなど、他には何もない。ただ、シカクがいま自分を欲してくれていれば、それだけで良い。
 いま、自分の名を呼んだシカクの声は、間違いなくいつもより甘く掠れていたから。


 シカクの手が、なまえの着衣をするすると剥ぎ取っていく。
 あらわになった肌は、雪のように白くやわらかで、透けた血管が興奮のためにほんのり色を添えている。

 この若く美しい女に、本当に自分なんかが触れても良いのかと躊躇するほどに、なまえの描く曲線は優美で妖艶だった。
 細い首筋とは対照的な、張りのある胸は、慌てて隠したなまえの腕から零れてしまうほどに豊かで。
 かるく身動ぎをするたびに揺れるふたつの膨らみは、そこから続く括れた腰の細さを強調していた。

 触れてしまいたい気持ちをぐっと抑えて、そっとなまえの腕を掴み、身体から引き離す。
 そのまま掴んだ腕から下方へと掌を滑らせると、シカクはなまえと互いの指を絡めたまま、視姦するように視線を彷徨わせた。


 頭の先から顔、首筋から鎖骨、胸へと辿っていくシカクの視線は、なまえの羞恥心を煽り、その鋭い瞳に見つめられるだけで身体の芯がどうしようもなく疼き始める。
 絡められた指を解いて、身体を隠してしまいたくなる。


「隠すんじゃねぇ。ちゃんと見せろ」
「…シカク」

 恥ずかしそうに目を伏せながら、シカクのなすがままに任せているなまえの様子は、新鮮で淫らで。
 まるで熟していない青い果実に齧り付くような、切なさに似たほの甘い欲情がシカクの身体の中で滾り始める。


 まだ触れてやらねぇ。


 視線を臍から下生え、太腿から脛、足首から爪先まで彷徨わせると、今度は逆に下から上へとゆっくり顔を動かして行く。
 実際、なまえの身体はどこひとつを取っても完璧な美しさを形作っていて、いくら眺めていても飽きなかった。


 シカクが再び美しく膨らんだ胸の辺りを見つめる頃には、羞恥とお預けにされた焦れる気持ちで、繋いでいるなまえのてのひらは汗ばみ、かすかに身体がふるえていた。
 ふと視線を太腿に落とすと、下生えに隠れた内腿の付け根では溢れ出した蜜がきらりと光る。

 なまえから溢れ出した微かな煌きに、シカクの胸の内でざわざわと血が騒ぐ。
 全身の熱が胸の辺りに寄り集まって凝固し、噎せ返るほどに滾りながら愉悦を生み出している気がした。


 頭を上げてなまえの顔を覗き込むと、まるで酩酊したように瞳を潤ませ頬を上気させている。
 艶めいたなまえの唇は薄く開き、そこから漏れる吐息にはもう充分すぎるほどの熱が篭もっていた。

 縋るように繋いだ指に無意識の内に力を込めているなまえの姿に、シカクは己の箍を外されそうになりながら、辛うじて色師めいた笑みを浮かべるとふわりとその身体を抱き上げた。


「寝室はどっちだ?」
「あっ、ち…」

 その短い言葉でさえも分かるほどに、なまえの声はすでに甘く嗄れていて、シカクの悪戯心を煽った。



 なまえの細い身体をベッドに横たえると、シカクは何の前触れもなく脚の間に割り入って膝裏を持ち上げ、いきなり秘部を凝視する。
 どこに触れた訳でもないのに既に腿を伝って流れ落ちるほどに溢れた蜜を、ただじっと見つめるシカクの視線は、なまえの粘膜を灼きながら溶かしていく。

 膝裏に当てられたシカクの掌が、ゆっくりとなまえの内腿を滑り降りる。

 変わらずなまえの秘部を視姦しながら、シカクの唇からは卑猥でやさしい言葉が紡がれる。


「なまえよぉ、そんなに俺が欲しいのか?」

 頷く事しか出来ずになまえがシカクの方へと視線を落とせば、既に何も身に付けていない自分とは対照的に、衣服の一枚も脱いでいないシカクの姿が目に入る。
 途端に身体の芯を通り抜ける熱が一気に温度を上げて、羞恥の念に押し潰されそうになりながらシカクの上衣へと手を伸ばした。


「シカク も、脱いで」

 なのに熱に浮かされた身体は、自分の物と思えないほどに上手く動かずに、ただふるえてシカクの服にしがみ付くような格好にしかならない。

 なまえは消え入ってしまいたいほどの恥ずかしさと同時に、激しい興奮を感じながら、ただシカクの瞳を見つめて懇願する。

 緩慢に動かされていたシカクの掌が、溢れ流れた蜜に触れて、ぬるりと滑るように内腿を愛撫するだけで、身体の芯へ伝わった刺激に追い詰められてなまえは甘い声をもらした。


「や、あ……っ」
「どうした、まだ俺は何にも触っちゃいねえぜ?」

 シカクの口から漏れる息がなまえの湿った秘部に風を送り、そのひやりとした冷たさでさえも身体の奥から溢れる蜜を増やすだけに思えた。


「おねが…脱い、で…」

 シカクの肌に触れたくて、堪らなかった。
 酸素の欠乏してしまったなまえの脳内を占めるのはそれだけで、他のことは何も考えられない。


「ね……シカク」
「なまえは、強請んのが上手ぇな」

 シカクはにやりと笑みを浮かべたまま上衣を一気に取り去ると、ズボンを緩め既に張り裂けそうに形を替えて熱く息衝いている性器を取り出す。
 一連の動作を見守りながら、なまえは徐々に露になって行くシカクの美しい肢体に、切ないためいきを漏らす。


「…っ、シカク」

 肌を合わせたいと強請るように両手を広げて上方へ差し伸べたなまえを見つめながら、シカクはゆっくりと覆い被さる。

 互いの肌の温度差が、触れ合った所から溶けて混ざり、ぴたりとくっついたまま同化していく。

 なまえの細い肩をぎゅっと抱き締めながら、やさしい口付けを落とすと、シカクは愛しそうな瞳でなまえを見つめた。


「もう後戻りは出来ねーぞ?」
「そんな事、望んでない…」

 触れ合った胸からは、シカクの激しい鼓動が伝わる。髪を撫でる指は、これ以上ないほどに優しかった。

 それだけで、充分。


 思わず口から溢れそうになった愛の言葉を飲み込みながら、なまえはシカクの唇を塞いだ。
 彼の薄い下唇を緩く食みながら、少し取り戻した理性の端で、何度もひとつの事を唱える。


 本気になどならない。
 本気になんて、ならない。



 シカクの手がなまえの秘部に伸びる。溢れた蜜を掬い取りながら、円を描くように緩く指が蠢いていた。

 その動きにあわせて深く舌を絡めていると、その内思考は消え去って。刺激を受け続けている甘く蕩けそうな情動だけに、意識は集中してゆく。


「んっ…シカク」

 なまえの首筋に移動したシカクのくちびるは、鮮やかな華を散らしながら鎖骨の辺りに何度も優しく触れて滑り降りる。

 膨らみの頂点でぴん、と立っている蕾の周囲を何度も焦らすようにシカクの熱い舌が舐め回すと、敏感な部分への刺激を求めてなまえの腰が撓る。

 ふわりと上半身が浮き上がる。

 顎を天に向けて胸を突き出す形になったなまえは、秘部へ続けられるシカクのねっとりとした愛撫で膝を擦り合わせながら熱い吐息をもらし続けていた。

 シカクはゆっくりと秘唇の中へと指を差し込むのと同時に、ぴん、と立ち上がって硬く膨らんだ胸の尖りをちゅっ、と口に含む。


「んあっ……」

 途端に、電流が流れたかのようになまえの身体は大きく跳ねて。シカクは逃げられぬよう掌で押さえつけると、熱く脈打って蕩けているなまえの秘唇へ二本目の指を差し込んだ。


 シカクの舌や唇で胸の突起に与えられる愛撫。秘肉を擦りながら掻き回している指の動き。
 すっかり翻弄されて、溺れてしまいそうだ。

 なまえの反応を見ながら、シカクは確実にイイ所を探し出し、そこばかりを攻め立てる。
 あっという間にどうしようもない所まで高められ、泣き叫ぶような甘い声を上げながらシカクを求めていた。


「シカク…っ、…」


 シカクの舌と指の動きは一層早くなり、もっともっととなまえを追い詰める。
 縋りつくようにシカクの背に回されたなまえの指には痛いほどに力が篭もり、細い爪先は反り返って悦楽を訴えていた。


「…やっ…もう、…」

 指よりも、硬く熱いシカクのモノが欲しかった。
 貫いて、突き上げて、啼かせて欲しかった。


「ね…いやっ、も…欲し」
「何が、欲しい?」
「あっ…シカク、来てっ」

 なまえのぬるつく秘部は既に誘うようにひくひくと痙攣を繰り返して。押し当てられた、シカクの熱い先端も既に滑らかに潤んでいる。


 腰を掴まれて、一気に突き立てられたモノの余りの熱と質量に、なまえの思考は一気に飛び、切れ切れの吐息が漏れる。


「ああぁ…っ」
「なまえ……くっ…」


 体内に埋められたシカクの雄をぎゅうぎゅうと締め付けながら、なまえはゆらゆらと腰を揺らした。



 朦朧とした頭で、思うのは…言ってはならない言葉。

 "愛してる"

 そう、言ってしまえば、きっと自らの発した言葉に囚われて、もっと欲深くなるに違いない。発した愚かさで恥じ入ることになるに決まっている。

 "愛"という言葉は、なまえとシカクの間では、何ら甘い意味など持たぬ、ただの呪縛にしかなり得ないのだ。


 シカクを迎え入れ、肌を密着させながら、なまえが発するのは必ず彼の名前だけ。そこに感情を交えた言葉は要らない。
 言うのも言われるのも、安直で愚かで、嘘にまみれている。
 いまは肉体の感覚を研ぎ澄まして、与えられる快楽だけを追えばいい。


 秘唇の内壁で感じるシカクの滾ったモノは、律動のたびに更にその熱と質量を増してゆく。
 一気に最奥に突き立ててゆっくりと抜けるギリギリまで腰を引き、再び奥を貫く。
 熟れて膨らんだ秘芽を蜜を擦り付けながら捏ね回すシカクの指が、なまえを攻め立てる。


「シカク…シ…カ…っあ」
「うっ、なまえ……」

 焦点の合わない虚ろな瞳でシカクを見つめながら、なまえはただ名前だけを連呼する。



 愛してる…――

 そう言えたなら、もしかしたらこの、胸に迫る吐き気を催しそうな凝った熱い想いが、昇華されて少しはラクになれるのだろうか。


 シカクの唇がなまえのそれを塞ぎ、ゆっくりと味わうように舌が口内を辿れば、もっともっと昂ぶっていく感覚。
 ふたりで溶けるように揺れながら、一層律動を早めるシカクの顔が快楽に歪んでいるさまになまえはただ見惚れながら、のぼりつめていく。



「シカク…も、いっ…イっ…あ、あ……」
「っ、なまえ……」

 膨れ上がった熱が限界を超えて弾ける瞬間を共有すると、意識が白けそうな快感と共に、譬えようのない幸せと切なさが一気に胸に押し寄せる。
 なまえはくたりと崩れてきたシカクの湿った胸を何よりも愛しいもののように受け止める。


 私の中でまだ微動を繰り返し、すこしずつ質量を減らしていくその存在。それを、いつまでもこのままにしておいて欲しい。

 身体の熱はすこしずつ冷めていくのに、どうにも心が追いつかなかった。




 なまえとシカクは、繋がったままの身体を重ねて荒い呼吸を整えながら、同じことを思っていた。




 本気になどならない――果たしてこの先、本当にそんな風に割り切れるのだろうか。

 目の前の存在に、愛を囁きたくて堪らないこの気持ちに、どうやって折り合いをつけよう――逢っているその瞬間だけがふたりの真実だと、いつまで思えるだろう。
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