吐き出した妄想論

 重い櫂のように、漕いでも漕いでも動かない想い。
 見えない錨がおりたように、身体も心も重たくて、どんなに藻掻いても一向に前へは進まない。
 それ以前に、どちらが前なのかすら分からなかった。

「イズモは、きっと賢いから」
「なんだよそれ」
「だから、私の言いたいことも分かるでしょう?」

 全然分からないって。いや、分かりたいとは思ってるんだよ。でも、君はいつも俺にとっては捉えどころがなくて。

「分からないの?」
「……何となく、しか」
「じゃ、分かってるんじゃない」
「いや、それは違う。俺の思ってることが正しいかどうかも」
 分からないだろ?

 すこし俯いた君からは、まるで俺を攻めるような空気が漂う。

「そんなこと、ないと思う」
「じゃあ、説明してみるから」
「うん」
「違ってたら言って」
「分かった」

 説明するとは言っても、俺の頭の中にある推論はあまりにも自分に都合が良すぎて。
 本当に言ってもいいんだろうか。

「怒らないでよ?」
「何で、私がイズモのことを怒るのよ」
「いや、出来るだけ…後でかかる不穏の芽を摘んでおきたいと思って」
「やっぱり。イズモは賢くて…ズルい」
「ズルい?」

 顔を背けた君の耳元がうっすらと朱に染まる。
 それって…俺の身勝手な推論の正しさを根拠づける一因にしかならないんだけど。

「奈良君もそう言ってた」
「シカマルが?なんで…」
「"イズモさんは、頭切れっからずりぃトコあるんスよね"…って」
「は?」

 今あいつの名前を出す理由が分からないんだけど。
 それは、もしかして君があいつになにか相談でも持ちかけてたってこと?
 それとも…俺に嫉妬させようっていう君の策な訳(まんまと引っ掛かりそうになってる俺も俺だけどね)?


「早く、言ってよ」
「うーん…俺から言わせると、君の方がズルいんだけどね」
「……っ!!」
「まあ、いいや。言うよ?」

 こくり、頷いた君に一歩だけ近寄って。

「あのね、」

 語り始めた俺を見上げた君の、光る瞳をじっと見据えた。
 俺が前だと思っている方向、そこに向かって進むことがきっと君の求めている答えで。

「君の言動にはいつも、不自然な所があると思うんだ」
「……」
「何も言わないって事は、正しいんだとして話を進めるよ」

 そうじゃないと、重い櫂は一向に進む兆しを見せないから。

「それって、誰かの視線を意識してるように、俺には見える」

 瞳が大きく見開かれて、吸い込まれそうになる。
 もう一歩だけ君に近付くと、ふわり、冷たい風に乗って甘い香りが俺の中に入り込む。

「ちがう?」

 左右に振られる首。一層濃くなる香りで、僅かな催淫状態が生まれる。

「違わないよね」

 もう一歩近づくと、君の肩が小さく揺れる。
 今俺の進んでいる方向は、間違いなく前なのだと裏付けられた気がして、自然に口元が歪む。

「イズ、モ…?」
「だとしたら、その君がいつも気にしている視線は誰のものなのかって話になる」

 きゅっと唇を噛む仕草は、まるで俺を煽るようで。
 そんなにやわらかくて艶やかな唇、噛みしめちゃダメじゃない。

「それが、誰だか…俺が言ってもいいの?」
「……っ、あの」

 今日君は、ツーマンセルの任務を早く終えたいと焦ってたよね?
 それは、俺のためなんでしょう(だって、今日は…俺の誕生日だから)。

 さっさと俺が好きだって吐けばいいのに。

「こういうことは、誰かに急かされて言うべき事じゃないと思うんだけど」

 なんて意地悪な物言いだろう。でもね、好きな子ほど虐めたくなるって言うじゃない、昔っから。

「ここまで言ったら、俺の言わんとしてることも分かるだろ?」
「分から…ない」

 もう一歩。
 近付くと、手が届く。

 今の俺は、確実に前に進んでいて。さっきまで重たくて動きそうもなかった櫂は、びっくりするほどスムーズに船を運ぶ。

 ふわり、君の髪を撫でると、眉根を寄せた小さな顔が俺を見上げる。

「分からない?」

 こくり、再び頷く君は俺に決して視線を合わせない。
 嘘を付いているのが明白だよ?

「ごめんね。ちょっと喋り過ぎたかな」
「ううん」
「でも、君に理解できるように話せないのは、俺の能力不足に起因している」
「また、難しいこと言って」
「だってホントのことだから」

 くしゃり、髪の毛を乱すと、気持ち良さそうに目を細めた顔が俺を見上げる。

「どんな場合も、受け手に責任はないんだ」
「よく分からない」
「だから、俺の言うことを理解できない君には、何の責任もないってこと」
「……イズモ」

 髪の毛から肩に手を滑らせると、細い身体を固定して。

「ホントはね」
「うん」

 すこしも抵抗の色を見せない君を、腕の中に閉じ込める。

「理解なんてしなくていい、ただ…感じて欲しいんだ」
「うん」

 やわらかい腕が背中に伸びて来て、そっと俺の身体を抱き締める。

「俺の気持ちも?」
「うん。ちゃんと分かってるよ」

 軽いリップ音が耳元で響いて、注がれた甘い声に、重い錨は消えた。


吐き出した想論
(誕生日おめでとう、イズモ…大好き)
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