息ができない

「昨日は何してたの?」という問いは俺にとって、煩わしさの象徴。
 女からこの類の言葉が出たら、即別れることに決めていた。

 云わば、異性関係における俺のルール。

 寄って来る女は掃いて捨てるほどいて、執着心は皆無だった。
 物理的束縛は趣向によっちゃ美味しいが、精神的束縛ってやつはいつもいただけない。
 だから、
 縛られる前に切るに限る。

 我ながら酷い男だ、と思いながらも貫いて来た規範が、まさか揺らぐことがあるなんて想像もつかなかった。



「ゲンマ。ごめんね、今夜は会えないの」

 こともなげに俺に告げたお前に、何で?と、問いたい気持ちを堪えて首を捻る。
 これまで女に執着したことなどなかったのに、この感情はなんだ。俺の見えない所で何をしているのかと、気になるこの感情はいったいなんだ。
 まるで俺を縛る煩わしい女たちのように、お前を縛りたくて仕方ねぇ。


「じゃあ私、急ぐから」

 立ち去る背中を無言で見送りながら、いつまでも動けなかった。


 千本の代わりに煙草、その代わりに適当な女のくちびる。
 常になにかで唇を占領されていたい俺にとって、女の存在など大した意味はない。


 くちびるに挟んだ千本を手持ち不沙汰に揺らしながら、ちいさくなってゆく背中を見つめる。
 空の青さに寂廖感をくすぐられ、あまりにも層の厚い負の感情が込みあげる。
 知らず、目の前がぼんやりと霞んで、胸がちくちくと痛んだ。


 お互い様だと言われれば反論の余地などないのに、理屈で割り切れぬ感情が身体を操る。


 気が付けば、走り出していた。

 駆け寄って腕を掴むと、言葉は自然に溢れ出す。


「行くなよ」
「放して、ゲンマ」

 顔を歪め、藻掻いているお前を、息ができない程につよく、つよく抱き締めた。




(やっぱりゲンマって天邪鬼なんだね)
(へ?)
(逃げられると追いたくなる、ってそういうことでしょ)
(もしかして俺、 ハメられた?)



 さあ、どうでしょう。と囁きながら、ふわりと微笑んだお前はそっと千本を抜き取って。俺のベストを掴んで引き寄せると、背伸びしてくちびるを塞いだ。

 息がとまりそうに鮮やかな、キス――
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -