仄かな恋のうた
アオバは冷たくて、加虐的で。
決して物理的な意味で手は出さないけど、いつも私を眩暈がするほどに打ちのめす。
棘だらけの言葉と、射るような視線で。
「何度も同じ事言わせないでくれる?」
「すみませーん、アオバ先生」
わざとふざけた返事をしながら、怒られているのに嬉しくて。
誉められる生徒よりも、出来の悪いヤツでいたいと思った。それで、アオバの中に印象を強く残せるのなら、ね。
「全く」
フランス語のテキストを開いたまま、ひとつも手を動かせない私に アオバのためいきが飛んでくる。呆れ果てたような、渇いたためいき。
「ホントに、やる気あるの?」
だって、
ただの名詞に男性だとか女性だとかの区別があるなんて信じられない。面倒くさくってやってられないよ。
将来役に立つのか分かりもしない、こんなものよりも、私はアオバのことが知りたい。それだけ。
フランス語を教えて欲しいなんて、アオバに近付く口実なのに。私の気持ちにはすこしも気付いてくれないんだろうか。
それとも気付いてて、見ないフリをしてるのかな。
「君が教えてくれって言うから、わざわざ大事な時間を潰して付き合ってんのに」
「ごめん ごめん、ちゃんと真面目にやるから」
きん、と冷えて行くアオバの表情が、本当は快くて。
もっとその醒め切った顔を見つめていたかった。
「じゃ、君の頭に合わせて簡単な問題。“望遠鏡”は男性名詞?それとも女性?」
「女性でしょ"une lunette"」
「複数形にしたら、どうなる?」
「"des lunettes"…かな」
私を見つめるアオバの瞳が、薄青のガラス越しに妖しく光っていた。
「意味は?」
「望遠鏡の複数形……望遠鏡が一つじゃなくて複数……あ、眼鏡?」
そうだよ、バーカ。と言いながら、掛けている眼鏡を押し上げる指。
すらりと伸びて孤を描くように反ってるのが、すごく気取ってて得意げ。
腹が立ちながら魅せられる。なんだかんだ言っててもアオバはきれい。見惚れるほどきれいて、くやしい。
「俺の傍にいたいんなら、もっと努力しなよ」
「……へ?」
(バカと一生を共に過ごす気なんてないから)