違和感と価値観

 この世に生きていると、毎日驚くことばかりだ。
 決して自分は特殊なタイプではなく、どこにでもいるありふれた人間だと思っていたけれど、そう見ているのは本人だけなのかもしれない。

 あ…ほら今、目の前で不自然に車線を跨いで割り込んで来た赤い国産車。
 ドライバーは一体何を考えているんだろう、予測不能の動きに身が縮まりそう。

 これと同様の事態は、毎日毎晩身の回りに溢れていて、私はいつも自分以外の他人の、予測不能な言動に目を見開くばかり。

 何をすべきか分からないのに、誰かに尋ねるでもなく勝手な判断で事を進める人間。
 全く関係のない複数の事象を無理矢理結び付けて、理屈の通らない主張を声高に叫ぶ人間。
 今日の昼間も、病院で点滴を受けながら、隣で訳の分からない事をささやく看護師に首を傾げた。

 私を見るなり"ご結婚されてるんですか?"って、薬指の指輪を見れば分かるだろうに(若く見えるという意味なのか、結婚しそうにない女に見えるのか)。
 第一私のその時点の病状と、結婚しているか否かは、まったく関係のない話じゃないだろうか。
 まあ、彼が居るおかげで、こうして帰り道にお迎えに来て貰えるという恩恵を受けている訳だけれど。


 フロントガラスに雨が降り注いで、外の光を受けきらきらと輝いている。
 "大丈夫か?"のたった一言もないけれど、こうして、疲れている筈の帰りに回り道をしてくれるという事だけで、彼の無言の思いやりを感じる。

「仕事、大丈夫だったの?」
「アオバと奈良がいりゃ、何とかなんだろ」
「そう…」

 ちらと私を見て、前に戻される視線。
 緩やかに歪む口元は、やわらかい笑みを湛えている。

「んなこと、気にすんな」

 低い声は、どう表現したらいいのか分からないけれど、適度に力の抜けたまろやかな響きで耳の奥に忍び込む。

「ありがと」

 いつも醒めた態度を取るゲンマだけれど、こういうときはびっくりするほどに優しいから、私はいつもその意図的かどうか分からないギャップにやられる。



 また、赤い国産車はハザードも出すことなくいきなり停車した。
 やっぱり、予測不能だ。

 隣で運転席に座るゲンマだって、きっと驚いているに違いないと顔を窺う。
 見慣れぬ眼鏡の奥では、予想通り眉間に浅い皺が浮かんでいた。

 流れに沿って走り続ける車の群れ。
 その一台ごとに別々のドライバーが乗っていて、別々の意思のもとに車は走らされているのだと思うと、それは当然のことなのだけれど、少し怖くなる。
 そんな話を誰にしたところで、きっと私の怖さのニュアンスを本当の意味では理解してもらえないだろうから、話したことはないけれども。
 車を例に出せば「他人の巻き添えで事故るのは怖いよね」との解釈をされてしまう事が多いが、私の言いたいのはそういうことではなくて。その微妙な違和感を上手く表現する自信がないから、いつも口を噤む(というか、別に価値観の違う人に理解して貰う必要も感じない)。
 そのせいか、怖い人だと言われることもあるけれど、私から見れば相手の本質も見抜かぬうちに「怖い」だとか「可愛い」だとかレッテルをはる彼女たちの方がよっぽど不思議だ。

「ねえ、ゲンマ」
「ん…」

 前方を注視したままのゲンマの瞳を、横から見つめる。
 ちいさな相槌とともに、ちらと流された視線は、私の聞きたいことを既に分かっているかのように薄い笑みが浮かんでいる。

「私って、変わってるのかな」
「さあな。でも、」
「……ん?」
「俺が一緒に居る事を選んでるっつう時点で、普通じゃねえんだろうな」

 信号待ちで停まった隙に、珍しくゲンマの左手が伸びて来て。
 私のすべてを受け止めるように、そっと掌を包んだ。


価値
(でも、そんなお前がイイんだけど)
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