何でもない日々

 彼女の言動は無意識だと分かっていても、つい引き摺られてしまう俺は、どこまで彼女に惚れているんだろう。

(私がシカマルを、いつも無意識で煽ってるってのはホント?)

 誰に入れ知恵されたのか、余りにもストレートに問い掛けるものだから反応に困る。
 言葉の内容よりも、その無防備さと上目遣いにやられて

「んな訳ねえだろ」

 短く返しながら、すでに心臓がどくどくと脈打ち始めている。

「そう…」
「ああ」

 興味を無くしたのか、それとも最初から興味なんて無かったのか、すでに顔を前方へ戻した彼女は、やわらかい空気を纏ったまま意味もなく掌を弄んでいる。
 その後ろで、ひそかに慌てている俺の事なんて、全く気にしない素振り。
 やたらとベタベタくっついて来る女も居れば、そうでない女もいるということは分かっているのに、それを寂しいと感じてしまう自分が不思議で。
 それもやはり、翻弄されているということになるのだろう。
 めんどくせぇという口癖をこぼす余裕がないほどに、目の前の女が愛おしくて、俺よりもずっとちいさいその身体が、圧倒的な存在感を持って胸に迫る。

 風呂あがりの濡れた髪も、温まってほんのり上気した肌も、黙って俺の胸に委ねられる背中も。
 揃ってしずかに血流を促しているのか、皮膚の下で体液が騒いでいた。

「あのね、」
「ん?」

 腕のなかで小さく身じろぐ感触に、いまにも振り返って俺を覗きあげそうな気配を感じて肩に顔を埋めたのは、おそらく赤くなっているだろう顔を見られない為で。
 なのにその意図に反して、鼻先にぶつかった肌から立ち上る香りにのぼせそうになる。

 身動きが出来ないようにきつく抱き締めれば、しなやかな柔らかさを嫌でもリアルに感じることになるのに、照れた顔を見られたくない気持ちを優先してしまった自分は、なんてバカなんだろう。
 ますます頬の染まりそうな行為を選んだことを、ひそかに呪った。

「ちょっとだけ、放して」
 爪、塗り直したいから。

 ざわざわと皮膚が毛羽だっている俺とは、余りに違うトーンの台詞を吐き出す唇が、言葉とは裏腹に艶っぽく湿っていて。
 それを塞いでしまいたい衝動に駆られた俺は、間違ってなんかいないと思う。
 顔を見られないように素早く顎を持ちあげると、そっと唇を重ねた。

「まだ、そのままでいいんじゃねぇ」

 キスの合間に交わす会話は、内容に関わらず甘い色を帯びる。
 吐き出される細い息は、だんだんと鼻にかかって、ちいさな空気のゆらぎだけで身体の奥をゆるやかに刺激する。

「でも。案外指先って見られているものだから」
 きちんとしておきたいし。

 何度か啄ばむようにキスをして。
 不自然な体勢を整えるように、彼女の身体を反転させた。

 とろりと潤み始めた瞳は、無言のままでやっぱりどうしようもなく俺を煽る。

「そう言うもんか?」

 こつり、額を合わせて。もう一度だけ唇を合わせる。
 いまだ弄ばれている白い掌にそっと指を這わすと、顔の高さまで持ちあげた。

「そういうものなの」
「へえ…俺は全然気になんねぇけど」

 言いながら、人差し指の先を唇で挟めば、淡い吐息が零れる。
 手首を掴んで執拗に舌を絡める仕草で、彼女の肌もうっすらと毛羽立ち始めているせいなのか、途切れがちな声が行為の正当性を主張する。

「ほら…多分ね、」
「ああ」
「男の人が髭を剃るのと…おな、じ」

 掠れた声を聞きながら、ゆっくりと細い身体を沈めて。
 銜えた指を辿る粘膜は、何ともいえず厭らしい水音を響かせる。

「なるほどな。でも、」

 しっとりと濡れた細い指を、ちゅぷり、音を立てて解放して。
 見上げる瞳としっかり視線を合わせたまま、口元を軽く歪めた。

(今はまだ、いいだろ?)


 肌が密着するように覆い被さりながら、耳元で思い切りひくく囁いて。
 ちいさな耳の形を確かめるように、耳たぶの裏の窪みに沿ってねっとりと舌を這わせた。

 耳たぶと指の攻めに弱いお前は、きっとこれで陥落。

「シカマル…」

 呼ばれる名前に滲む甘ったるさが、なによりの証拠。

(今夜は早く寝たいんだけど)
(仕方ねえだろ、お前の所為なんだから。最後まで付き合えよ)


何でもない日々
だからこそ愛すべき日々。

 何の変哲もない日常こそが、なによりも満たされるモンだって…言わなくても分かってんだろ?
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