覚醒マキャベリズム

「お前さ、」

 携帯の液晶を覗き込んで、並んだ文字列に集中していたら、不意に隣から低い声。

「何?」
「いや、随分楽しそうだけど」
 なに、見てんだよ。

 運転席のシカマルは前を向いたまま、さして興味もなさそうに問い掛ける。
 キー操作の手を止めて、横顔を盗み見ると、眼鏡越しの瞳はやわらかい形に細められていた。

「メール、仕事中にたくさんきててね」
 ゆっくり読めなかったから。

 シカマル運転してくれてるのに、ごめんね。と、続けながらパタンと液晶を閉じたら、聞き慣れた笑み。
 くくっと喉を鳴らす低く静かな破裂音に、つい聞き惚れる。

「すげえ真剣に読んでたな」
「変な顔になってた?だって、すごい面白い内容だったから」

 ふっ。空気を揺らす笑いは、優しいため息に似ている。
 シカマルのその笑い方、好きだ。
 淡く広がるやわらかい表情も、適度に力の抜けた音も、揃って心の襞を撫であげるような、そんな感じ。
 咽喉の奥で笑う遣り方も勿論好きなんだけれど。

「別に、変な顔じゃねぇし」
 気にもしてねぇから、続き読んでろよ。

 信号待ちで停まった隙に、まるで子供をあやすように頭を撫でられると、無神経な自分の行動がより顕著にしめされた気がして、恥ずかしくなる。
 迎えにくるという労力の対価としては、あまりに利己的な行為だよね。
 シカマルは、そんなの全然気にしない人だから、甘え過ぎたかも。

「でも」
「良いっつってんだろ」

 手に持ったままの携帯を、爪でこつこつと叩いて、促す仕草は思いの外かっこいい。
 結局は、続きを読みたい欲に負けて、ふたたび携帯の画面を開いた。


「ありがと。不知火さんトコの奥さんがね……」

 彼の上司の名を出した瞬間に、シカマルのこめかみがピクリ、動いたように見えたのは気のせいだろうか。

「どうかした?」
「いや、ちっと悪寒が」
(もしかして…ゲンマさんにも何かしら筒抜けなのかよ)

 ちいさな独り言は、上手く聞き取れなかったけど、やっぱり表情が少し変わったのは気のせいじゃないらしい。

「他には誰からきてんの?」
「犬塚さんの彼女からも、だけど」
「……マジ?」

 シカマルの同僚の名前を出した途端に、間髪入れずかえってくる返事。
 さっきの不知火さんの時よりは少しマシだけど、明らかに動揺している様子が見て取れる。

「うん。何かいけなかった?」
「いけなくはねえけど……」

 変わった信号に合わせて車を発進させながら、進行方向のずっと向こうを見ているようなシカマルの瞳。
 静かになった車内に流れる音楽は心地イイのに、口ごもる彼の様子だけが違和感を感じさせる。

「シカ、大丈夫?」
「あ?何が……?」
「ううん。ちょっと顔色が変わったように見えたから」
「気のせいだっつうの。続き読めよ」
「ん。じゃあ、お言葉に甘えて」

 ふっ。さっきとは違った色で吐き出されたため息を気にしつつ、画面を覗き込んだ。





 ゲンマさんの名前が出た時点で、悪い予感がした。
 この種のカンだけは外れた事がねえし(むしろ、心から外れて欲しいと願ってるのに)、多分その内ネタにされてからかわれんだろう。
 彼のその類の言動は、あるイミ愛情表現のようなものだと分かってはいるけれど、やっぱりからかわれている瞬間というのはどうにも居心地が悪いもので。
 その居心地の悪そうな態度が、なおさらゲンマさんにとっては堪んねえんだろう。
 それを言葉で彼女に伝えるのは難しいから、敢えて言おうとは思わないけれど。

「ちなみに、さ」
「ん?」
「彼女らと何の話してんの?」
「会議で残業になっちゃった、とか。今日もシカマルがお迎えに来てくれる、とか」
 他愛もないことだよ?

 最初のはともかく、二つ目のはまじぃだろ。
 特に"今日も"の"も"っつうのが、やべぇ。
 いつも彼女を迎えに行く俺…なんて、恰好のネタにして下さいっつってるようなモンだ。

「あとは、私が無意識でシカマルを煽ってるって」
 ふたりともがいつもそう主張するんだけど、なんでだろ。

「は?」
「シカマル、ホントにそうなの?」
「……」

 何か今、すげぇこと言われた気がする(つうか、お前のその無意識の問い掛けで、まさに今煽られてる俺が此処にいるんだけど)。

 彼女たちがそんな主張をするってことは、何か根拠がある訳で。
 それは何なのかと想像すれば、きっとお前がそうとは意識せずに俺らの日常を彼女らに吐露しているせい、としか考えられない(いったいどんな話してんだよ…)。
 彼女らがそれを知っているということは、当然ゲンマさんやキバの奴の耳にも入ってるっつうことになる。

 はぁー……
 丁度到着した駐車場で、深いため息を吐き出すと、ハンドルにうつ伏せる。
 身体中を疲労にも似た脱力感が苛んでいた。


「シカマル、どうかしたの?」
「……いや。お前さ、」
 俺らのこと、自分から話してる訳じゃねえよな?

「うーん…そう、だね。自らは言わないかな」
 大抵は不知火さんの奥さんから問われたことに返事してるって感じだけど。

 ――やっぱりか。
 つうことは、きっとゲンマさんの差し金なんだろうな。
 いや、もしかしたらあの夫婦は奥さんのほうも侮れねぇのかも。

(やっぱり何かマズかったのかな?)

 不思議そうに問う彼女のシートベルトに手をかけると、無言のまま抱き寄せて。
 がくりとうなだれるように、細い肩に顔を埋めた。

 ったく、あの人は 目的のためには手段を選ばねえっつうか、面白いことにはとことん手を抜かねえっつうか。

 はぁー………

 もう一度ため息を吐き出したら、ニヤリと不敵な表情を見せるゲンマさんの姿が目に見える気がした。


覚醒マキャベリズム
そんな人だって知ってたけど、な。

 お前みたいに天然寄りな女から、美味しい情報を引き出すのなんて、きっと赤子の手を捻るみてえなもんで。
 だから俺は、いつもお前から目が離せねえんだ。

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2009.02.22
マキャベリズム:目的のためには手段を選ばない思想、権謀術数主義
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