overdose

(今夜は、無理させてもいい?)

 冗談混じりのトーンで紡いだ言葉は、冗談なんかじゃなくて。
 俺を見た瞬間に和らいだ表情のせいで、抑制力はすでに消え去っていた。

「無理って…なに?」
「帰ったら分かるっつうの」

 頬を染めてるのは、意味を理解してるからじゃねえの?
 問い掛けなくても分かるから、今は黙って手を繋いでいればいい。

 くくっ。咽喉の奥に自然に込み上げる笑いは、きっと俺の意図を狂いなく彼女にも伝えて。
 掌の中で、細い指がぴくりと動いた。


「着いたら起こしてやるから」
「ん……でも、」
「良いから寝てろって」

 どうせ、帰ったらなかなか寝かせてやれねぇんだし。心の中で呟いて。
 それでも姿勢よく前を向いて伸ばした背筋。
 お前のそういうトコ、好きだけど。今は無理にでも休ませねえとな(後がキツいぜ?)。

 肩の力を緩めるように、頭を撫でる。その瞬間に表情がふにゃりと崩れる。
 瞳を細めた彼女の表情一つで、ぐらぐら揺らぐ理性の芯。

「シカ……」
「疲れてんだろ?見りゃ分かるっつうの」

 有無を言わせずシートを倒せば、俺を見上げる双眸の角度が変わって。
 靡いた髪の一束が、心を絡め取る。
 上目遣いの赤い顔を見せられたら、胸の奥がぎゅっと詰まって。
 短く呼ばれる名前だけで、直情的に傾きそうな自分を心の中で必死に窘めた。

「おやすみ」

 両頬に軽くキス。胸を掴む両手の感触と、間近に感じる甘い香り。
 疲れで潤んだ瞳が、いつもより色っぽく見えるのは気のせいじゃないと思う。

「そんな、運転だけさせて寝てるなんて出来ない」
「言うこと聞いとけ」
「なんで?」
「分かってんだろ」

 さらり、流れた前髪を掬いあげて、ふたたび額に唇を落とす。

 っつうか、これで留める俺の理性、褒めてくれよ?
 その代り、家に帰ったら――


overdose
(簡単には寝かさねぇから)

全部お前のせい。

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2009.02.18
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overdose=(薬・麻薬などの)飲みすぎ、打ち過ぎ。 (特に)致死量まで飲む[打つ]こと;服用過多で病気の[死んだ]人
シカには中毒症状を引き起こす常習性があるとおもう
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