もしかして恋ですか?

 眉間にくっきりと皺を寄せ、こちらを見つめている斎藤さんの視線に一瞬どきりとした。整った顔立ちがいびつに歪んだ姿は、いつもの無表情よりいっそう彼の端正さを引き上げている。

「どうなさったんですか、斎藤さん」
「どういう意味だ?」
「なにやら表情が硬いようにお見受けいたしましたので」

 具合でもお悪いのかと思って、と言葉を続けながら私が近寄れば、なおさら斎藤さんの顔が険しさを増す。

「大事ない」
「本当ですか?」
「本当だ」
「無理は…なさらないで下さい」

 医者である父に伴われて新選組の屯所へ通うようになり、ずいぶん経つ。いまでは、一人で使いとしてここへ訪れることも増えていた。

「ただ、ほんの少し胸の奥が痛むだけのこと」
「胸、ですか?何か悪い病気じゃなければ良いのですが」
「別に、お前の世話になるほどのことではない」
「でも…簡単な煎じ薬くらいならば私にも作れますから症状を…」

 二人並んで中庭に立ったまま会話を続けていたら、稽古を終えたらしい原田さんが現れた。汗をかいて暑いのか、いつもより更に大胆に開けられた胸元のせいで、目のやり場に困る。

「お疲れさまです」
「おう。お疲れさん…つうか、珍しい組み合わせだなァ」
「斎藤さんが具合悪そうだ、って話していたんですよ」
「そうなのか?斎藤」
「いや、大事ない」
「お前は良くも悪くも我慢が強すぎるからなァ…」

 無造作に見せつけられた原田さんの上半身から目を反らしたら、ちらと一瞬だけ斎藤さんの視線が私を捉えて、離れていった。顔を赤くしているのに気付かれただろうか。

「時々、胸がちくりと痛むだけだ」
「おいおい、そりゃあ大変なんじゃねえのか?」
「どういう時に痛むのですか?」

 私の問いにしばらく考えこんでいた斎藤さんは、いつも通りの平坦な口調で言葉を続ける。

「お前の顔を見たとき、だろうか」
「へ…?」
「特にそのように俺以外の隊士を見つめて頬を染めているときは、痛みが酷い」

 やっぱり原田さんの半裸に顔を赤くしていることに気付かれていたのだ、と焦るよりも、斎藤さんの言葉の意味に胸が騒ぐ。

「あとは、お前の声を聞いたとき」
「……あ…の、」
「お前が誰か別の隊士と喋っているところを見れば、一層痛む」
「……………」
「鳩尾がぎゅうぎゅうと締め付けられて、おまけに動悸が早くなるのだ」

 それは、やはりそういう意味…と思うしかなさそうだ。どうしよう、嬉しい。変に自惚れてしまいそうで、救いを求めて原田さんを見上げれば、ぽん、と一つ頭を撫でられて。その瞬間にまた、斎藤さんの顔は険しくなる。

「斎藤、お前そりゃあな…」
「なんだ」
「いや…」

 自分で気付いてねえのかよ。原田さんの呟きが聞こえたのか聞こえていないのか、相変わらず斎藤さんは平坦な声を出す。視線は反らされたままだ。

「とにかく、お前の手を煩わすほどのことではない」
「………」
「そんな薬を煎じて貰わずとも、ここにはアレがあるからな」
「あれ、ですか?」
「そうだ。なあ、原田くん」
「お……おう……斎藤くん」

 恋の病に効く薬はないと思うけれど、あまりに自信満々な斎藤さんの姿が可愛らしく見えて、否定する気にはならなかった。

「左之さんはご存知なんですか?」
「まあ、な……」

 どうにも歯切れの悪い原田さんに向かって首を傾げる。ため息をついて肩を落とす原田さんとは対照的に、斎藤さんは得意げに口を開いた。

「新選組には、万能薬があるのだ」
「そう……なんですか?」
「飲んでも飲まなくても大差ない…っつう、眉唾モンだけどな」
「そう、ですか」

 腑に落ちないまま首を捻れば、原田さんは私を見下ろしてふっと笑う。

「ああ…けど、斎藤と想い通じて良かったじゃねえか」
「………っ!」

 あんな鈍チンで大丈夫かァ?屈んだ原田さんが楽しげに私の耳元で囁く声は、斎藤さんに届いたのか否か――

「石田散薬。石田散薬を、是非っ!」

 いつになく大きな斎藤さんの声が、中庭いっぱいに響き渡っていた。



もしかしてですか?

斎藤…その病に石田散薬は効かねえぞ。
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