命短し恋せよぼくら | ナノ


告白まがいのミステイク

 手櫛でいい加減にまとめた髪を心地わるく思いながら規則的に箒を泳がせる。朝餉にはまだ時間があるので、表の掃除を終えたらいったん部屋へ戻って髪を結いなおそう。原田さんも全くなにをしてくれるのか、とため息を吐きつつ先ほどのてのひらの感触を思い出す。
 やっぱり原田さんの手、やさしくて温かくて大きい。

「朝からご機嫌だね」

 ゆるむ頬をそっと片手で押さえていたら、鼻にかかった甘ったるい声が聞こえた。その甘さとは裏腹に、意地の悪い美形がすこし離れたところから私を見下ろしている。

「おはよう」
「!いつから!?」
「あれぇ、僕が挨拶してるのに随分な反応じゃない」
「お、おはようございます沖田さん」

 満足げに頷くと、沖田さんは寄り掛かっていた木からしなやかに身を起こす。朝靄もはれて東の空が明るく色づきはじめた庭では、さっきまで永倉さんが背中を預けていた同じ木が、全然別の背景にみえていた。

「ちょっと、こっちおいで」

 優雅な手つきで手招きされて、嫌な予感が駆け巡る。沖田さんがやさしい時は、なにかを企んでいるとき。嫌な予感しかしないけれど、直属ではないとは言え彼はれっきとした上官だ。命令を拒否する権利は私にはない。
 無言のまま近付けば、ぐいと顔を近づけて瞳を覗き込まれた。悪戯っ子のようなのに、透き通る目で。

「聞いたよ」
「……なにを、ですか」

 きっと昨夜のことだろうと予測はついたけれど、わざわざ自分から話を振ることではない。俯き加減に目を反らしたら、せっかく直した髪をまたくしゃくしゃと乱された。
 原田さんといい、沖田さんといい、どうしてここの人達はヒトの頭をなでまわしたがるのか。なんなのこれは新選組の習いかなにかですか。

「ふぅん。キミまでそうやってとぼけるんだ」

 全く、左之さんと揃って分かり易いよねぇ二人とも。そう言っておかしそうに笑いながら沖田さんはまだ頭をなで倒している。私の髪は、もう、だめだ。死滅級にボサボサ。

「やめてください」
「ごめん、ごめん。それより早く本題に入れって?」

 そういうことではなくて、と言い募ろうとしたら言葉を挟む隙もなく沖田さんが続けた。

「夜の逃避行、どうだった?」
「……!」

 きっと聞かれるのはそのことだと思っていた。分かっていたし、覚悟もしていた。なのに“逃避行”という艶っぽい単語を使われると、途端に疚しいことをしたような気になる。だって、まるで男女の密会のそれではないか。
 もしかしたら、沖田さんには既にすべて見抜かれている、のか。私の性別も、かすかに芽生えたこの想いも。と、そこまで考えて別の可能性を思い出した。そうだ。原田さんには、アッチの性癖があるかもしれないんだった。その…男色、の。
 ということは、過去にも男隊士との間で同様の事件を起こしたこともある、かもしれない。私の性別がバレたということではなく。そうだ。きっと、そうなんだ。

「どうしたの、黙り込」
「沖田さんっ!」

 事が露見したさいの切腹の危険から目を背けたくて、そう思い込もうとしている訳ではない。だって原田さんのあの手の繋ぎかたも、愛おしげに私を見下ろす瞳も、まるで恋仲同士のそれだったではないか。

「なに?急に大きな声出して」
「聞きたいことがあります!」

 もしこの勘が事実ならば、私には別の危険が迫っていることになる。原田さんみたいな人に男色目当てで本気だして襲われたら逃げ出す術はない、すなわち、性別はあっけなくバレてしまうということ。一刻も早く確かめておかねば。

「おちびちゃんの質問になら何でも答えてあげるよ」

 にっこりと綺麗な笑顔を作った沖田さんに、脈絡もなくするっと結い紐を解かれた。なにをするのか、と思えば、当たり前のような顔をして彼は私の髪を結いはじめる。

「あ、あの…」
「あんまり酷かったから、ついね」
「酷いことしたのは沖田さんじゃないですか」

 なんなのだこの人は、いったい何がしたいの。意地悪なのかやさしいのかよく分からない。

「こう見えて案外器用だから、任せてくれればいいよ」
「……あり、がとう ございます」
「それにしても、女の子みたいに綺麗な髪だよねぇ」

 不意打ちで冷や汗がでるようなことを言われるから、何もいえなくなる。やさしい指が髪を束ねてゆく。頭を預けたまま黙り込んでいたら、沖田さんの意地悪な声が耳にすべりこんだ。

「何にも言えない位気持ちいい?」
「ち、ちが…!」
「冗談だよ」

 ぎゅっと紐を結わえて、沖田さんが大笑いしている。ひどい、この人やっぱり意地悪だ。けど、誰かに髪を結われるのは久しぶりで、うっかりその心地好さに持っていかれてたのが半分。女の子みたいという言葉に焦っていたのが半分。そのせいで、大事なことを忘れかけていた。

「で。聞きたいことって?」
「…原田さんのこと、なんですけど」
「左之さんがどうかした」
「う、あの、…性癖、というか」
「ずいぶん踏み込んだ質問だね」

 僕に答えられるかなァ。と言葉を続けた沖田さんは、面白い玩具をみつけた子供みたいな顔で先を促す。鋭い視線が私をがっちりと捉えている。

「非常に伺いにくいんですが、原田さんにはもしかして…アッチの癖が」
「アッチ?」
「その、もともと衆道の気がある、とかいうことは…」
「何なのそれ。左之さんが男色家ってこと?女誑しなのに?」
「………はい」

 小さく頷いたら、沖田さんは見たこともないくらい楽しそうに破顔する。
「あ、はは、ははは…はははは おちびちゃんそれ本気なの、はは」お腹を抱えて笑い続けている沖田さんをみつめたまましばらく様子を見ていたけれど、弾けるような笑いは止まる気配もない。

「あの。あの!沖田さん!」
「あはは、キミやっぱり面白いね」
「私そんなに変なこと聞きました?」
「変って言うか、昨日何があったの」
「………」

 質問に質問で返されてしまってから気がついた。こんなことを聞けば、二人の間になにか有ったのだと自分から告白しているようなものだ。ただでさえ鋭い沖田さんに、嘘はつけないというのに。

「何もなきゃ、わざわざそんなこと聞かないでしょ」
「………別に」

 今ほど自分の短慮を呪ったことはないかもしれない。ここへ志願して潜り込んでから何度も自分のアホさ加減に頭を抱えてきたけれど、さすがにこれはない。分かり易すぎる罠に自ら嵌まってもがいているようなものだ。

「じゃあ皆に話して来るよ。おちびちゃんに“左之さんは衆道なのか”と聞かれた、ってさ」
「や!やめて下さい」
「どうしようかなァ」
「お願いします」

 咄嗟にむなぐらへしがみつけば「案外大胆なんだね」と笑顔でかんたんに捌かれる。澄んだ目にまっすぐ見据えられて、詰んだ。
 私、詰んだよ。もう打開策なんて浮かばない。

「手を…」
「手?」
「はい。ただ手を繋がれただけです」
「ふぅん。手を、ね」

 言いながら、手首を取られた。細い身体に似合わない力強さに、背筋がぴりぴりと緊張する。ともすると震えそうな指先に、無理やり力を入れれば反り返る。
 そのまましげしげと私の手を見つめていた沖田さんは、数十秒後「なるほどね」とだけ呟いて去ろうとする。

「あの!」
「左之さんなら、違うよ。ただの正常な成人男性」

 君にとっては残念なのか喜ぶべきことなのか僕は知らないけどね。そんな不可解な言を吐いて、沖田さんは背中で嗤う。

「じゃあなぜ、昨夜…」
「さあね。そこは胸に手を当てて考えてみれば」

 それにしてもこんなに煮え切らないなんて、短気な左之さんらしくないよねぇ。立ち去りながら紡ぐ言葉で、私をさらに困惑の淵に突き落として。
 ちょっと。ちょっと待って下さい沖田さん、それどういう意味なんですか。馬鹿にもわかるように説明してください。





 一番隊が巡察に出ていく間際、総司から送られる意味深な視線に原田はわざと気づかないふりをした。どうせ、ちび助絡みでろくでもない悪戯を考えているに違いない。ああいう手合いは無視するに限る。
 ちび助と肩を並べ稽古場にむかいながら、ため息をつく。最近ため息が多い。こういうのは良くねぇなあ、と自戒していたら細い声が俺を気遣う。

「左之さんお疲れですか?」
「これから稽古だって奴が既に疲れててどうする」
「でも、寝不足だと言われてたので」

 ああ。寝不足だよ、他ならぬお前のせいでな。そう言ってやろうかと思って、ぎりぎりで飲み込んだ。見れば、隣のちび助は白を通り越して肌に青みがかっている。俺より余程具合が悪そうじゃねぇか。

「寝不足はお前の方だろ」
「いえ、大丈夫です」
「無理はするんじゃねぇぞ」

 頷く横顔に一抹の不安を感じているうちに稽古場へ着いた。

 背中を道場の壁に預けたまま、木刀を手に隊士と向かい合うちびを眺める。中段の構えが堂に入っている。
 間合いに飛び込んだ一瞬後には同世代の隊士を剣先で軽くいなし、細い身体を翻してはさらりと次の手をかわす。入隊当初から腕は立つほうだと思っていたが、いまではすっかり安心して見ていられる剣捌きだ。汗の伝う真剣な表情に見入っていたら、予想外の動きを瞳が捉えた。

「…っ!」

 まるで頽れるようにちび助ががくりと膝を折り、踏み込んだ勢いを止められない隊士がそこに突っ込んでくる。全力の木刀が頭を直撃する寸前で、蹲るちび助の腕を引けば、刀身は不自然にのびた大腿部へ打ち込まれて止まった。

「す、すみません!」

 平謝りの隊士に目線を送り、とりあえず下がらせる。体格差から考えれば、今の打ち込みは当然こたえたはずだ。

「大丈夫、です」

 ぐ、と唇を噛んですぐに無表情へと戻ったちびの声が震えている。抱き起こそうとしたら、腕を払われた。

「大丈夫ですから」
「大丈夫じゃねぇだろ」
「いえ!」

 よろよろと立ち上がる姿を、腕組みしたまま見つめる。なにを意地張ってるんだか、こいつは。

「大丈夫ってんなら、見せてみろ」

 しばらく躊躇ったのち、意を決したようにばさりと持ちあげられた袴の裾から、真っ白でなめらかな肌が覗く。太腿には案の定、痛々しい打撲痕が出来ていた。
 まっすぐで細くて女みたいに、いや並の女以上に綺麗な脚に生々しく残る痣をみて、血がざわりと騒いでいるのは俺だけだろうか。俺がそんな目で見ているから、そう見えるだけなのだろうか。
 たとえそうだとしても、自分以外の奴にはこれ以上見せたくない。そう思ったら、言葉より先に手が出ていた。

「なんですか急に」
「いいから、黙って来い」

 他隊士には自主練を申し渡して、ちび助の腕を引く。稽古場から自室へ場所を移せば塗り薬がある。治療のためだ、これは。あくまで治療のため。

「治療してやるって言ってんだ」
「左之さんのお手を煩わすようなことではな、、痛っ!」

 まだ減らず口を叩くちびの、痣を強く押せば悲鳴をあげる。
 手早く軟膏を用意して、感情を押し殺したまま太腿に指を這わせた。なめらかな肌が吸い付く感触から必死で己を保って。

「やっぱり痛ぇんじゃねえか」
「こんな青痣、日常茶飯事ですよ」

 だってほら、ここにも。そう言って袖を捲りあげるちび助の腕が細くて、たおやかで。刻まれて変色した痣を目にした瞬間、衝動的に抱きしめそうになった。


白まがいのミステイク
頼むからこれ以上無防備に肌を晒してくれるな。
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