命短し恋せよぼくら | ナノ


命短し恋せよぼくら

 尊王攘夷だ佐幕派だとうすっぺらい政治理論をふりかざすくせに、正義感の欠片もない不逞浪士たちが我がもの顔で町を練り歩く。そんな彼らを見ながら、私はいつもじりじりする思いを噛み締めていた。
 だって彼らの大半にとっては「ジョーイ」なんて意味もなく恰好をつけて唱えているだけのお題目みたいなものじゃない。それならいくらか私のほうがマシ。だと思う。
 この国をどうにかして変えたい、守りたいという想いは男も女も変わらず持ちうるはずなのに、行動が許されているのはいつもいつも男ばかりなのだ。戦国の時代、いや、きっとそれよりも前からずっと。
 男女間の不公平が正される時代なんて待っていてもいつ訪れるのか、このままいつまでも訪れないのかも分からない。だったら――

「男装して男に成り切ってしまえばいいじゃないか!」

 それはもう天から必然的に与えられた妙計のように閃いた考えで、なんと素晴らしいことを思いついたのだろうと有頂天になっていた私は、あとで思えば筋金入りのアホだった。
 でも、そのときはこれ以上の名案などほかにないと思われたし、有り難いことに私は女性にしては高い身長と剣の腕にも恵まれていた。
 男子のいない家庭で男の子たれと育てられ、護身術を遥かに凌ぐ武術も身につけている。おまけに顔立ちはどちらかと言えば涼しく、幼い頃からよく男子に間違われてきた。
 化粧をやめて、髪の結いかたをかえよう。あとは胸にさらしを巻いて袴を履けば、たいていのことならごまかせるはず。人間は見た目に騙されがちな愚かな生き物なのだから。
 そうして慎重に男としての風体や立ち居振る舞いを整えたうえで、私は新選組の門戸を叩いた。壬生浪と蔑んで呼ぶ町人も多かったが、彼らは口だけの不逞浪士たちとは違うと、町ですれ違うその視線が物語っていたから。


「どうか私のこの微力、お役に立てさせて下さい!」

 こうやって私は、やすやすと男として新選組隊士になりすますことに成功した。泣く子も黙る新選組も案外ちょろいものだ。

「ありがとうございます」
「配属については追って沙汰する」

 盛大に人を募集していることは知っていたけれど、新入り隊士の男女の別も見抜けない程度の組織だったなんて、そんなところに身を置いても大丈夫なのだろうかと一抹の不安を感じたが、考えても仕方がないからそっと眼をつぶる。私の変装や演技がそこまで卓越していることの証明だと思えばいい。それに、一歩足を踏み入れてしまった以上はもう後戻りなど出来ないのだから。
 この時の私が、もしもバレてしまったらどうなるのかということを全く想定しなかったのは、ある意味自己防衛本能のなせる技だったのかもしれない。

 幹部会議の末、ひとまず十番組へ配属されることになった私は、それから原田組長と行動をともにすることになった。

「市中見回りに同行してぇんなら、先に総司に稽古をつけて貰え」
「あれ?いいの、左之さん」
「なにがだ…総司」
「この子、死んじゃうかもしれないよ」
「……ま、死なねぇ程度にしてやってくれや」

 入隊試験で俺も手合わせしたが、なかなかの腕だったぞ。言葉を続ける原田さんを鋭い眼でとらえて、沖田さんは不敵な表情を浮かべる。そんな二人のやり取りを私は無言で見守っていた。

「左之さんの頼みなら仕方ないなあ」
「頼むわ」
「僕は稽古だからって手を抜くようなことはしないから、そのつもりでね」
「はいっ!よろしくお願いします」

 沖田さんの声はやわらかいのに台詞と視線はびっくりするほど鋭くて。少しは腕に覚えがあるとはいえ並の男には負けない程度のもので、相手が天に名の聞こえる一番組組長の沖田さんとなれば話はまた別だ。
 まっすぐに視線を合わせ、ニヤリと意地悪く笑った沖田さんに、ぞくぞくと背筋が震える。
 この人、本当に強い――

「総司、お前よりずいぶん華奢なんだから少しは手加減してやれよ」
「さあ、どうしようかなあ」

 剣を構えて無表情をうかべたその裏側では、じっとりと冷や汗が流れていた。





「おちびちゃん。君、結構やるねぇ」
「ありがとうございます」

 ずっと息を詰めていた原田は互いが剣を鞘に納め終えるのを腕組みをしたまま見つめる。新入りのちびは肩で大きく息をしながら、総司に頭を下げた。

「まあ、連れ歩くのには困らない腕なんじゃない?」

 ちびと総司の力は格段の差だったけれど、それでもほかの新入りたちが揃って床に伸びていることを思えば、立っているだけでもたいしたものだ。女みたいな綺麗な顔と華奢な腕をしているけれど、なかなか見所がありそうじゃねえか、と原田は口許をゆるめる。

「じゃあ、行くか」

 ばしんと軽く背中を叩けば、予想外に大きくよろめいた身体を咄嗟に支える。やっぱり細い。支えた腰は見た目よりずっと括れている。手合わせの刺激が足に来ているのか、腕を離せばそのままぺたりと尻餅をついてしまいそうな頼りなさだ。
 さっきまで総司と達者に渡り合っていたとは思えないその動きに意表をつかれて、変な具合に心が捩曲がった。

「おいおい、お前大丈夫かァ?」
「はい、大丈夫です!」
「細ぇ身体だなァ、ちゃんと喰ってんのか?」
「痩せの大食いタイプでして」

 そう言ってはにかむような笑顔で額に浮かんだ汗を拭う。その姿がやけに可愛らしく見えて、何故かどくんと心臓が跳ねた。

「そんじゃ、十分後に出発だ。さっさと着替えてこい…ちび助」
「ちび助って」

 非難をこめたちびの台詞を捩伏せたのは、訳の分からない照れに支配されそうだったから。

「俺に比べたら充分小せぇだろうが」
「原田組長が大きすぎるんです!」

 そう言ってさっきまでの無表情に戻った綺麗な顔立ちを見つめて、心の中だけで血迷った自分を諌める。
 思えば、入隊初日の隊士を巡察に同行させようと思うなんざ、いくら人手不足とは言え、自分にしては珍しいことだ。これはどういう心境の変化だろうか。もしかして無意識に手元に置いときてぇとか思っちまったのか、俺?
 取り繕うように揃いの羽織りを手渡せば、さっき一瞬見せた柔らかさはすっかり消え失せて、元服したての少年剣士のように横顔は凛と透き通っている。

「いまは誰も部屋にはいねぇはずだ」
「はい」
「さっさと汗拭いて着替えて来い、ちび助。あんまり待たせんなよ?」

 平隊士の部屋を差し示した掌で汗ばむ髪をくしゃりと撫でながら、うなじを伝う汗の粒にまた胸がぐっと詰まる。
 うっとうしそうに指を払いのけたちびが「行ってきます」と踵を返したのと同時に、総司のやけに楽しげな声が聞こえた。

「あれぇ?左之さん何か変じゃない?」
「はあ?」
「……もしかして、あの子に惚れちゃったとか」
「バッカ!総司、何言ってんだ。あいつは男だろうが」
「左之さんは嘘つけないからねー」
「だから違うっつうの」
「…顔、赤いけど?」
「こりゃあ、さっきまで稽古してたからだよ…」
「ふーん……」

 なにもかも見透かしたような顔でにやにやと見上げられたら、腹が立つ。でも腹が立っている本当の理由は、易々と図星を突かれたせいで、一瞬の気の迷いがそうじゃなくなってしまいそうな己の単純さ故なのだ。

「でもさ。だいたい恋に男も女も関係ないでしょ」
「大アリだ!」
「あの子、男にしては細面だし綺麗だし、悪くないんじゃないの?」
「勝手に決めつけるんじゃねえよ」
「僕は可愛いと思うけどなあ、彼…」

 軽口を叩く総司の首を絞めながら、立ち去る細い背中からすこしも眼を離せなかった。



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