まやかし者

 自分が他人よりさめてるのは認めるけど、べつに無機的に生きてるつもりはない。これでもちゃんとお腹は空くし、疲れたら眠くなる。ファンタを飲めばいつもおいしいと思うし、心だってフツーに動く。でも、珍しく3日も無断で部活をサボった桃先輩のことは心配していなかった。
 だってあの人、テニス本当に好きだからね。そんな簡単に好きなモン手放せるような器用な人じゃないって知ってるし。越前は心のなかで呟くと、ため息をひとつ吐き出した。

 もともと探すつもりなんて全くなかったのに、その日の放課後たまたま桃先輩のクラスメイトに捕まった。

「なんスか」
「ちょっとワケあって桃城くんを探してるんだけどね、」

 どういう運命のイタズラかな、俺部活の途中でちょっとトイレ行っただけなのに、まさにそのタイミングで遭遇するなんて。この世には何て言うか神様の意志というか、大人の事情的なご都合主義の偶然ってのがたまに無理やり介在したりするよね。他人のつくる物語の駒みたいに勝手に動かされてる錯覚に陥ること、ない?俺はある。

「越前くん、行き先 知らない?」
「知らない」
「あ。嘘だ」

 彼女――仁王センパイのことは、残念ながら以前から知ってた。おんなじ図書委員なんだよね。たまにシフトが重なって一緒にカウンター貸出業務とかやらされたこともある。名前はそんとき聞いた。

「…嘘じゃないっスよ」
「気づいてた?越前くん。君は嘘をつくときにね、」
「知らないっスけど、心当たりならあるっス」
「後でファンタおごる」

 ホント残念。知らない人ならそのままスルーしてやろうと思ってたけど、相手が彼女だとさすがに無視できないじゃないか。


「ところでセンパイ」

 心当たりの場所へ向かって、どうでもいい話をしながら並んで歩く。

「名前なんスか」
「仁王」
「いや、それ知ってる」
「じゃあいいじゃない越前くん」
「…まあ、いいっスけど」

 彼女はたぶん名前で呼ばれるのが苦手なんだろう。自分の名前を気に入らないのか、別に理由があるのか知らないけど。まあ、深い意味なんてない質問だしどうでもいいか。と思ってたら、逆に問い掛けがとんできた。

「ねえ、越前くん」
「なんスか」
「最近テニス部って部活お休み?」
「いや。普通にやってるっスよ」
「…そう」

 へえー…、その反応。
 桃先輩のこと、彼女なりにすこしは心配してるんだ。なるほど。

 いるなら絶対ここだと見当つけてストリートテニス場にきてみれば、やたらデカい声でメールを消すの消さないの、ダブルス勝負するのしないのと言い争う声が聞こえた。あれ、間違いなく片方は桃先輩だ。相手は分かんないけど。

「メール、ねえ」
「…私の、かな」
「そうなんスか?」
「いや。確信はないけど…」

 何だかなぁ、あの人。と言いながら本当に不思議そうにセンパイが首を傾げる。彼女には相手の男も誰なのか分かっているみたいだ。

「誰すか」
「氷帝テニス部 正レギュラーさん、らしいよ」
「へぇー。センパイって顔広いんだ」
「最近、偶然知り合っただけ」
「なんかさっきバックアップとかプリントアウトしてラミネートとか聞こえたっスよ」
「まあいいけど…」

 まあいいけどの後に(どうでも)って心の声が聞こえた気がした。普通の女子ならキモいとかコワイとか言いそうなのに、どうでもいい、ってのがいかにも彼女らしい。

 喋りながら階段をあがったら、案の定ラケットを持った桃先輩がそこにいた。やけに熱くなって氷帝ジャージの眼鏡男と向き合っている。

「やっぱり」
「あの丸眼鏡スか?」
「そう」
「一体どんなメール送ったんスか」
「"おやすみなさい、いい夢を"って」
「それだけ?」
「それだけ」

 なるほどね、それで"いい夢"みちゃったワケだあの男。たしかに、なんかちょっと胡散臭いしねちっこそう。桃先輩とは全然違うタイプだな。

 それにしても、桃先輩ってやっぱりわかりやすい人だよね。なんだかんだ言っても結局テニスから離れられないんじゃん。部活サボってストテニ場って。

 ついでに、サル山の大将っぽい男もいた。氷帝のなんとかべって人。たしか部長。
 ところで、なんでこの人たちレギュラージャージのままでぞろぞろこんな所来てんの。氷帝学園だったらテニスの練習施設もばかみたいに充実してるんでしょ、気温とか湿度とか環境制御のバッチリされてる室内コートにジムまで完備してる、って聞いたことあるけど。変な人たち。


「あれ。桃城くん彼女いたんだ」
「え?」

 びっくりして隣を見たら、仁王センパイが橘妹サンのことを指さして「かわいい子」ってにっこりしてる。なんだ、もしかしたらアンタが桃先輩のカノジョじゃないかと勝手に思ってたけど、本命は橘妹サンのほうなの?まあどっちでもいいや。

 とりあえずせっかくテニス場にいるんだから皆さっさとテニスすればいいのに、と思いながらしばらく黙って成り行きを見守ることにした。

 さっきから桃先輩と忍足さんって人の間で、よく分からない精神下の攻防がくり返されている。ぱちぱち火花飛んでるの、見える気がするよ。

 桃先輩と彼、仁王センパイのことが理由で争っているっぽい。つまり橘妹サンはフェイクで、仁王センパイを巡る三角関係ってワケね。彼女にはべつにどっちにもそういう意味での興味なさそうなの丸分かりなんだけど…ご愁傷様。と思っていたら、そこにサル山の大将っぽい彼も食い込んできた。
 まさかの四角関係?面倒臭いなあこの人たち。ホント面倒くさい。でも一番面倒だと思ってんのは俺より仁王センパイの方かも。いや、彼女のことだからそんな状況も「まあどうでもいいけど」って笑って流すかな。

 そうこうしてる内にやっと話が本筋に戻って、仁王センパイがここにきた理由が分かった。部活サボるだけじゃなくて日直までブッチするって、桃先輩いい加減にしなよね。
 彼女が桃先輩の耳たぶを引っ張りはじめたから、どうせならもっとどんどんやってやればいいのに!と思った。だってさ、いったいいつまで俺と橘妹を放置してるつもりなのこの人たち。

 どうやって口を挟もうかなってスキを窺っていたら、丸眼鏡の忍足さんがものすごく不審者面でにやにやしているのが目に入ってしまった。またこの人勝手にいい夢みちゃってるよこの顔そういう顔だよって思った瞬間、うっかり本音がもれた。

「変態なの?」
「黙れ!」

 あんな表情してた人にいまさら低い声で凄まれてもぜんぜん怖くないし。もう、黙って様子を見守るのにもだいぶ飽きちゃった。


「さぼり、ねえ。いったいなんなんスか桃先輩、この状況」
「越前くん。今ね…」

 呆気にとられて黙り込んでいた橘妹も、やっと口を開いた。状況は説明してもらわなくてもだいたい把握できたけど、そうだよね。君もこんなふうに自分をスルーして会話が続いてたらいい加減腹立つよね。わかるよ。ちょっと同情する。


「お前が例の青学1年レギュラーか」

 こいつ、やっと俺の方見たよ。やっとだよ。多少の恨みがましさをこめて、跡部さんを睨みつける。
 でも勘違いしないでよね、俺べつに構ってチャンじゃないから。自分が話題の中心にいないとイヤとかじゃなくて、純粋にテニスやりたいだけだし。

「あの山吹中の怪物 亜久津を倒したらしーぜ」
「えっ、あのチビが」

 やるねー、って不遜な態度で茶化されたけど、アンタが誰だか知らないし別に腹なんて立たない。

「怪物 亜久津も たいした事あらへんなぁ」

 妄想キング忍足さんにたいしたことない扱いされる亜久津さん、可哀相。まじ可哀相。あの人充分強かったし男らしくて格好よかったよ、すくなくともさっきのアンタよりは。

「言えてるぜ侑士!あの不良タバコとか吸ってて体力続かなかったんじゃねーの」

 ヒョイヒョイと軽く飛び跳ねながら馬鹿にするようにアハハと笑うおかっぱサンに、桃先輩の堪忍袋の緒が切れた。相変わらずテニスのことになると熱いなあ、桃先輩。

「おい!言いすぎ……だ」

 バッと片足で勢いよく踏み切って空中に飛び上がった彼は、なんなく一回転して。桃先輩が言葉を紡ぎ終える頃には、トン、と着地し背後を取っていた。なにその無意味なアクロバット。

「ずいぶん身軽だな」
「俺がまとめて面倒見てやる、来いよ!」

 つうかアンタ誰。

「「やだね」」

 めずらしく桃先輩と俺のセリフがシンクロした。俺が嫌がるのは分かるけど、桃先輩に拒否されるのはちょっと納得いかない。

「は?」
「越前がまたヘタなんだこりゃダブルスのセンスまるで無し!」
「よく言うよ!桃先輩なんて猪みたいに突っ込んでくるし」
「うるせーお前先輩にむかって…」
「…………」

 突然始まった桃先輩と俺のバトルにおかっぱアクロバットの彼は言葉をなくして、口をポカンとあけている。

「とにかくコイツと組むくらいなら橘妹と組むぜオレは!」

 そーだそうしよう、と一人で納得している桃先輩にスッと背をむけて、俺は跡部さんに向き直る。どうせここに来たんなら、やっぱり一番強い人と差しで勝負したいじゃん。

「ねぇ…それよりさあ。そこのサル山の大将、シングルスやろーよ」

 視線を外さないまま誘えば、跡部さんは作り物みたいなきれいな笑顔のまま動こうともしない。ただ膝を組んでフツーに座っているだけなのに、とんでもない威圧感を垂れ流している。この人絶対テニス強い。テニスでは、ね。

「あせるなよ!」
「逃げるの?」

 帽子の下からぐっ、と強い目で睨みつける。

「あのチビ 一丁前に跡部を挑発してるぜ」
「たいした1年生だな」
「やるねー」

 外野、うるさい。だいたいアンタたちストテニ場に何しに来たの。





 越前め…どこまでも先へ挑戦しやがる――と思いながら、感嘆を込めて後輩の姿を見つめていたら、また耳に鈍い痛みを感じた。

「桃城くん」
「あ?」
「なに遠い目してるの、帰るよ」

 彼女の指が俺に触れている。引っ張られる痛みよりも、恥ずかしさの方が大きくて。顔が熱い。赤くなる。こんなこと位で動揺するなんてまだまだ修行が足らねーなぁ、足らねーよ…。

「越前っ」照れ隠しで叫んだら、余計に耳を引っ張られた。

「帰るぞ、越前!」
「越前くんは関係ないでしょ」
「うるさい。先輩には後輩を見守り指導する義務があんだよ」

 取ってつけたような言い訳を繰り出した頃、跡部さんが立ち上がった。

「関東大会で直々に倒してやるよ。青学お前ら全員 完膚なきまでにな」

 ポケットに手を突っ込んだまま、肩越しに吐き捨てる言葉かっけーな跡部さん。

「いくぞ 樺地…」
「ウス」
「またな、お嬢ちゃん」

 それに引き換え、最後まで彼女ばっか気にしてる忍足さんはかっこわりー。ちょっと残念。まあ、その方が俺にとっては都合いいけど。俺の耳を刺す眼鏡ごしの視線に優越感をあおられた。


「……で越前、何でここに来た?」
「別に…」

 お前はどこぞのエリカ様かっつの。可愛くねえ。

 とは言うものの、この時間はまだしっかり部活中のはず。何だよ結局 俺のこと心配して来てくれたのかよ、お前かわいーな、かわいーよ。一瞬前とは正反対のことを考えながらヘッドロックかまして頭をぐりぐりしていたら、橘妹に声をかけていた仁王が振り返りざまに言った。

「アポロチョコ1週間分」
「へ…」
「それで見逃してあげる」

 なんだそれ。だから日直は自分に任せて部活に行けってこと?

 微笑んで肩を竦める彼女の姿は、さっきの跡部さんよりずっとかっこよかった。




まやかし者

彼女はなかなか男前なのです
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