むさぼりあうように生きられたら

 夕暮れ前のテニス場で向かい合う男二人と女一人。と、その他大勢。のどかなお天気とは裏腹に、微妙に緊迫した空気が漂っている。


「お前その娘とでも組んでやる?」

 桃城にむかって橘妹とのダブルス勝負を促したのは半分冗談で半分本気やった。こいつが青学のあのお嬢ちゃんと関わりあるんは間違いないみたいやし、放っといたら俺のだいじなメール消されてまいそうやし、摘める芽はさっさと摘んどく主義やねん。俺はけっこう慎重派なんやで。忍足は心のなかで呟く。
 橘妹と組んだかて、俺と岳人のコンビには敵うワケないやろし。相手の力量も計られへんやなんて大した甘チャン坊やなんやなぁ、話ならんわ。
 岳人に目配せをして桃城のほうに向き直ったのと同時に、テニス場の入口から若い声が聞こえた。

「ねぇ、サボリっすか桃先輩?」
「越前っ…」

 白いキャップを被り青学のレギュラージャージを羽織った背の低い少年。と、その後ろから、もうひとり。噂の彼女だ。

「桃城くんいた!」
「…お前!?なんで」

 なんなんやこのタイミングの良さというか悪さは。出来過ぎやでほんまにマンガやな。ついでに、彼女と桃城は「お前」とか呼び合うくらいに近い仲なんか?と思たら、妙に苛立ちをあおられる。

「なんでは私の台詞。どうして桃城くんと忍足さんが一緒にいるの」
「なんでやろなあ」
「あの、忍足さん」
「なんや?」
「私が質問してるんですけど」
「堪忍」

 関西弁で「堪忍」と謝られるのなんかいいですよね、ってこの前彼女が言うてたからわざと使てみた。いまいち反応薄かった。
 弱者のたまり場見学やなんや言われて、部活の延長で跡部に連れて来られただけやねんけど。まさかこんな所で彼女に会える思わへんかったし。ちゅうか何で彼女がわざわざ放課後、桃城なんかを探しに来るんや。

「何しに来たんだよお前」
「というか桃城くんも、それ答えになってない」
「うるせ…」
「用事があるから来たに決まってるでしょ。それから忍足さん先日はごちそうさまでした」
「また行こな」

 そんなん言うてにっこりしとる場合やなくて。だんだん外野がウルサなってきとるでー。たぶん、跡部にはもうバレた。意味ありげに「ほぉー」言うてる。

「なになに跡部、もしかしてアレ」
「間違いねーな」
「確かに、ちょー脚キレイじゃん」
「悪くねえ」

 いつもは鈍い岳人にまで感づかれとるし、なんや知らんけど樺地まで無表情で「ウス」とか言うてる。
 肘をついた不遜な姿勢で「噂話の超本人が都合よくあらわれるなんて出来すぎじゃないの」と言いながら明らかに面白がっとる滝のにやにや顔も、鳳の王子様然としたほほえみもなんや知らんけど腹立つ。

「そこの雌猫。お前、何者だ?」

 ほらな、案の定跡部のやつ食いついて来たやん鬱陶しいなあほんま。こいつに興味示されたら終わりやで。

「お話の途中お邪魔したのなら申し訳ありません」

 そう言うてめっさ丁寧にお辞儀をする彼女に、みんな呆気にとられとる。せやねん。俺もこの前初めて知ってんけど、こういう娘やねん。ほわほわーっとした風貌には不似合いな、さめた感じ。丁寧すぎるくらい丁寧なんてちょっと冷たい気ぃすることあらへん?

 きっちり60度の角度で折られた腰がゆっくりと元にもどる。なんてしなやかな所作なんやろ、こんなきれいにお辞儀する子みたことあらへんわ、うっとりする。いっしょになびく髪の毛の一本一本まで神経が宿っとるみたいで、俺の目には見える。見えるで。彼女の回りにきらきらがみえる。きらっきらしとる。ついでにキラキラキラキラって効果音も聞こえる。ほら少女漫画にはようあるやん、花背負って描かれるやたら頭身のバランスのおかしい美青年とか。なんやそんな感じ。こう見えて俺、恋愛小説に負けへんくらい少女漫画すきやねん。内緒やけど。

「失礼ですが、あなたは…」と尋ねながら、彼女がゆるく首を傾げた。人に問う前にみずから名乗れ、っちゅう強気な態度。やのに厭味がまったく感じられへんのは、やわらかい声と表情のせいやろか。

「俺は氷帝学園テニス部部長、兼生徒会長 跡部景吾だ」
「立派な肩書をたくさんお持ちで」
「あーん?」
「跡部さんはじめまして。私は爽やか桃城くんのただのクラスメイトの、仁王と申します」

 いつも通り自慢げ俺様オーラフル満タンの跡部と単調な声の彼女。なんやこの温度差、ちょっとおもろいな。

「忍足とはどんな関係だ」
「忍足さんは私の貴重な観察対象者かつ知人です」
「ちょ、なんなん観察対象者て」
「言葉のまんま、ですが」

 彼女の言葉に桃城がめっさ得意げな笑みを浮かべる。ちゅうか自分もさっき"ただのクラスメイト"て言われたんやで、"観察対象者"とそない違いあらへんやんお前ほんまにこの状況分かっとるん?

「観察対象者とは面白ぇこと言うじゃねーか、この雌猫は。なあ」
「ウス」

 いやいや樺地もそんなんにまで律儀に返事せんでええねん。だんだん心んなかでツッコミ入れるの疲れてきたわ…だいたい俺、ボケやねん。ほんまはボケやねん。せやから好みのタイプはツッコミ上手なクール女子や言うてるやん。

「で、どういう事だ?」
「話せばけっこう長くなりますが」
「かまわねーよ」
「はい。では…」

 一旦言葉を切った彼女が、跡部のほうへまっすぐ向き直る。美形オーラ垂れ流しとる跡部にここまで無表情で向き合える女の子もあんまりいてへんよなあ、と思っていたら、相変わらず淡々とした声が語りはじめた。

「忍足さん…忍足侑士さんは非常にハンサムであるというだけで充分観察に値する方なのですが、なんと言ってもその時代遅れ感をひしひしと醸しだしている丸眼鏡が一番のポイントです」

 ハンサム言われてちょっと喜んどったら、すごい勢いで落とされたで。"時代遅れ"て、そうなん。丸眼鏡てあかんの?ナシなん?

「今時そんな眼鏡をかけていてそれでもイケメンクオリティを維持できる中学男子はなかなかいませんし、もしかしたら裸眼のハンパないイケメンレベルを緩和するために丸眼鏡を選んだのではないかと勘繰りたくなります」

 このお嬢ちゃん、俺のことみながらそんなん考えてたんか。そないに俺のこと考えてくれとったなんて。考えてくれとった、やなんて。俺は、俺は、

「そう考えれば、そのオプションが忍足さんのなんとも言えない胡散臭さを否応なく引き立てているように見えるじゃないですか」
「ちがいねぇ」
「観察意欲をそそられます」
「こいつほど胡散臭ぇ中学生もなかなかいねーよな、樺地」
「ウス」

 一気に押し寄せる喜怒哀楽の波をコントロールしかねていたら、跡部の楽しげな声がつづく。

「雌猫に一個いいこと教えてやる」
「なんでしょうか」
「忍足のあの眼鏡だけどな、」
「はい」
「伊達だぜ」
「伊達…ですか!?」

 とたんにキラキラと目を輝かせはじめた彼女をみて、どうしたらええんかわからへんなった。とりあえず悪意はなさそうやけど。

「やっぱり、あなたは素晴らしい観察対象者です忍足さん!!」
「…はあ」

 なんか俺、力抜けたわ。毒抜かれてもうた。ため息でる。たぶんいま眉毛下がって情けない顔になっとる。

「誤解されては困るので申し上げておきますが、忍足さん。これは全て褒め言葉ですよ」
「そ、そうなん?」
「そうです。最大級です」
「……おおきに」
「跡部さんもかなり興味深い観察対象というか鑑賞対象ですね」

 なあなあ、観察と鑑賞ってどない違うん?その微妙なニュアンスの差はなんなん。意味あるん。
 喜んでええのか哀しむべきなんか考えとったら、彼女またとんでもないこと言いだしよった。

「その泣きぼくろが特にたまりません触ってもいいですか」
「は…?」

 待て待て待て。そこで無防備に頭を差し出そうとすんなや跡部。なにちょっと喜んどんねん。たまに俺、お前のこと分からへんなるわ。忘れかけとったけどそもそも俺らここに何しに来てん。

「冗談です」
「テメェー」
「やっぱり触りましょうか」
「触んじゃねえ」
「難しいな…日本語って」

 いやいや君が難しいわ。なにがしたいんか全然わからへんし。ちゅうかいつの間にか"俺、桃城、彼女"のトライアングル崩れとる。かわりに跡部が食い込んできとるやないか。おい桃城くん、頼むからもうちょっと頑張ってえや。

「ほんなら桃城は」
「ただの爽やかクラスメイトです」
「隣の席なんっスよー」

 たかがそんくらいの事を嬉しそうに主張すんな、ニコニコ太陽みたいに爽やかな笑顔さらしやがって桃城お前ほんまかわええなあ。いや、たしかに彼女と隣の席て、よう考えたら正直うらやましいけど。…めっさ羨ましい。
 授業中真剣に黒板みつめとる横顔とか、たまにうたた寝しとる姿とか観察し放題なワケやん。立ったり座ったりするたびに揺れるスカート(+スカートの裾からのびとる美脚)とか。ひとりごととか。ああ…ええなあ、それ。ええわ…。

「忍足さん、なんかおそろしくキモい顔になってますよ」
「桃城黙って」
「なに考えてたんスか?」
「黙れ」

 それにしても、ただのクラスメイトの「ただの」とわざわざつけ加える辺りが妙に気になる。限定することで逆に特別感でとるように聞こえるんは俺の気のせいやろか。
 そもそも「用事があるから来た」ってなんやってん。

「イッ!」

 鋭い声に目を移すと、さっきまで跡部と話していた彼女はいつの間にかコート内に移動して、桃城の耳たぶを掴んでいた。耳たぶ。俺もあんなんされたい。別にMちゃうけど。

「お前っ、何すんだよ痛ぇな!」
「痛くしたんだから当たり前」

 一分の隙もない無表情で耳たぶを摘んだまま、無様に暴れる桃城にそんなカッコイイことを言ってのける。ほんまこのお嬢ちゃん惚れるわ。

「ぼ、暴力ハンターイ」
「無意識的サボタージュ反対」
「さぼ…り」
「そう。今日私と君は」
「…日直?」
「よくできました。帰るよ」
「ちょ、ちょー待てって!」

 あれ、いま桃城くん微妙に関西弁っぽい訛りでてるように聞こえてんけど…いや、たぶん俺の空耳。

「これでも私わりと真面目に怒ってるんだけど」

 それにしても、ええなあ。彼女と一緒に日直とか代われるモンなら俺が代わったりたいわ。
 わざとサボってあの淡々とした声で罵られてみたい。黒板の上のほう届かんと困っとるところを背後からさりげなく近付いて「そんなんも届かへんの?しゃーないなぁお前は」とか言うて消したったりしたい。日誌書いとる姿とか眺めて「見るなキモい」とか怒られたい。「遅なってしもたな、送ったるわ」とか言いたい。帰り道一緒に本屋とか甘味屋とか寄って、また甘いモン食べてるとこ観察したい。なあ知っとる?女の子が物食べとるときの唇て、めっさアレやねんで。アレ。
 まあ一緒に日直なんて学年ちゃうから無理やけど。その前に学校もちゃうねんけど。

「ねぇ……アンタ、ものすごく変な顔になってる」
「………」
「変態なの?」

 いつの間にか近づいていた青学ジャージのちびっこに、不信感満載の顔でそう言われて、「黙れ!」と低く呟いた。
 だれが変態やねん。



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