二人で神さまを拐いにいこうか

 散らばったままの長い髪束がオレンジ色の夕陽にきらきらと輝いていた。つややかなうねりを見て「あの髪、どうするんだろう」 ぽろりと本音が私の口をつく。

「髪?」
「宍戸のか」
「はい」

 本当にきれいな髪だった。あの長さまで伸ばすのにどれだけの年月がかかるのか、滑らかなつやを保つため宍戸さんがどんなに大切に手入れをしてきたのかを思うと切ない。それをばっさりと切り捨てるほど、彼のテニスへの想いは強いってことか。

「いまうちの美容師に整えさせてるから心配すんじゃねーよ」
「跡部、美容師まで学校に連れて来とんのか」

「当然だ」と得意げに顎をあげる跡部さんの顔はかわいらしくなくもないけれど、今はそうではなくて。

「いや、私が心配しているのは地面に散らばった髪の方です」
「なんやそれ」
「欲しいのか、アーン?」
「観察対象としてぜひ持ち帰りたいと思うのですがよろしいですか、跡部部長……じゃなくて!要りませんけど!ほら、髪には想いが宿るって言うじゃないですか」
「お!お嬢ちゃんノリツッコミまで出来るんや流石やで」

 片目でにやにやしている忍足さんとは対照的に、跡部さんは超真顔だ。真顔の美形、破壊力ハンパない。

「庶民の間にはそんなくだらねえ俗説があんのか」
「失恋したら髪を切る、とか跡部さんも聞いたことないですか」
「ねーな」
「放っといたら、あの髪が化けて出るっちゅうことか。そら怖いなあ」
「いやいや宍戸さん生きてますし。化けて出ることはないでしょうけど、それでもあの髪束にはかなり強いものが宿っていそうなので」
「ほんだら神主に祈祷させて、氷帝の必勝アイテムとして大事に保存しといたらええんちゃう」

 ふざけている忍足さんと真面目な顔の跡部さんの対比がちょっと面白い。

「ほう…成る程な、そうするか。良いこと言うじゃねえの」
「じゃない!跡部さんしっかりして!忍足さんにからかわれてるから」

 そうか。跡部さんは天然なのか知らなかった。鑑賞対象から観察対象に移行もアリだな。と思いながら不思議そうに歪む泣きぼくろを見つめる。

 やがて練習を終えた皆が集まってきて、氷帝レギュラーメンバーの自己紹介ラッシュが始まった。ずらりと並ぶ美形集団をみたら、ため息がでる。ここはどこぞのホストクラブか何かだろうか。鑑賞対象だらけで記憶領域の処理が追いつかない。

「なあ次!俺は、俺はっ!」
「…むかひ、さん?」

 覚えたての名前を恐る恐る呼べば 彼は「当たり!」と笑った。いくつもの顔と名が脳内でちかちかしている。

「じゃあ下の名前は?どうせ呼ばれんなら名前のが嬉しいぜ!」
「いやいや。無理です」
「いいから、いいから!岳人って呼んでみそ!」
「独り占め狡いC!次俺の番だC」
「ええと…芥川さん、ですか」

 頷いて「ジローでEーよ」と言いながらやわらかく腰に巻きついてきた彼を避けられずに固まれば、こてんと膝に頭を乗せて1秒後、芥川さんは寝息をたてはじめた。
 え、え。なんで寝てるのこの人。

「くそくそ!ジローばっか狡ぃぜ」
「どうでもいいので助けてください」

 いったいなぜ私はいま、こんなイケメン集団に囲まれてなれなれしく懐かれているのだろう。ここへはテニス部の「練習」を見にきたはずなのに。しかも私は関東大会で初回対戦する青学のマネージャーなのに。なんだこの和気あいあいムード、いいのか?

「彼女困っとるやん、岳人もジローもわがままやめぇや」
「片目侑士は黙ってろ」
「じつは彼女、眼帯姿めっちゃ好きやねんて残念やったな」
「そんなこと言ってると、あれバラすぜ侑士!こいつ今日の練習前にな、」
「あほか!岳人あれはアカン」

 忍足さんが必死で向日さんの口を塞ごうとしたが、彼は華麗なジャンプでその手をすり抜けると空中でくるっと回転して誰も手の届かない場所へ着地した。

「ハイハーイ。侑士の恥ずかしい失敗談、聞きたいヒトー」

 向日さんの問いに、忍足さん以外の全員が手をあげる。もちろん私も。だって気になるではないですか。

「絶対あかん、あれはあかんて拷問や勘弁してえな」と呟きながらいつになく動揺した忍足さんが頭を抱えてうずくまる。顔が青ざめている。
 ちょっと可哀相になってあげていた手をおろしたら、半泣きでてのひらをぎゅうっと引かれた。

「多数決できまりだな」
「岳人、覚えとき」
「あきらめて笑われろ侑士!」
「………」
「いつも腹立つくらいすかしてんのが悪いんだぜ!」
「そんなんイメージやん。俺はいつも素やっちゅうねん」
「知らねぇし。とにかく今日の侑士は彼女に会えるのが楽しみすぎて舞い上がってたせいで、一日中超挙動不審だったじゃん」
「一日中て、岳人もなにを観察しとんねん。暇人か」

 少しでも自分の失敗談の暴露タイムを引き延ばしたいのか、忍足さんはツッコミに忙しい。向日さんにはぜんぜん効いてなさそうだけど。

「さっきなんてな、侑士 このすかした顔で何したと思う!俺のこと真顔で怒りながら(上着、裏返しに着てやがったんだぜ!笑えるだろ、鬼みたいな顔してんのにタグぺろーんって。)信じらんねぇよな」

 大事なところで忍足さんに両耳を塞がれてうまく聞こえなかったけれど、他のみんなは大爆笑している。

「ハーッハッハァ!どんだけ浮足立ってんだ忍足、アーン?」
「跡部うるさいで」
「ざまあみろ侑士!」
「岳人あん時わざわざ声ひそめて教えてくれたんはなんやってん。バラしたら意味あらへんやないか」

 膝を占領する芥川さんに、左右からは忍足向日ペアの攻防。正面の跡部さんは私をまたメス猫扱いするつもりなのか顎に指をのばす。あっちもこっちも美形だらけ。
 もしかして私 自覚なしにマタタビ的なものを放出しているのだろうか。いつの間にそんな能力身につけたの、誰か調節方法教えてください。
 ほとほと困り果てた瞬間、竜崎先生からの着信に救われた。

「帰ります。関東大会ではよろしくお願いします」
「ほな校門まで送るわ」
「いいです」
「道分からへんやろ?」
「そう、でした」

 がっくり肩を落としたら、忍足さんはくつくつと笑って「行くで」と私の頭を撫でる。この人、立ち直り早い。
 借りっ放しのジャージを跡部さんに返し、忍足さんに促されて部室を出る。ぞろぞろと並ぶ正・準レギュラーメンバーたちの姿は、ホストクラブのお見送り風景のようだった。実際にはホストクラブなんて知らないからただの想像だけど。
 やはりテニス部の入部要件にはかなりハイレベルな顔面クリア基準が設定されているに違いないと確信をふかめつつ、私は氷帝学園をあとにしたのだった。





 帰宅して、自室でトレーニングをしていても桃城は落ち着かなかった。越前のセリフが頭のなかを巡るたび、言い知れぬ焦燥感に囚われる。一番もどかしいのは俺自身だっつの!とベッドに携帯を放り投げたら通話口から「もしもし」と聞こえた。

「え…」

 覗いた画面には 通話中 の文字。間違えて誰かに発信しちまったか、とあわてて耳にあてる。

「桃城くん珍しいね」

 いつもより少し大人びて聞こえる彼女の声が鼓膜をなめらかに撫でた。音が、近い。

「あ、も、もしもし なんだこれ」
「桃城くんがかけてきたのに」
「うそ!わり、誤発信」
「そう。じゃあ、」
「ちょ、待て。せっかくだから暇ならちょっと喋ろうぜ」

 勢いでそう言ってしまってから時間差でドキドキした。断られたらどうしよう、つか話すって何を、と思っていたら「いいよ、暇。なんでもどうぞ」ってやさしい声が聞こえて叫びたくなる。
 でも。
 なんも話すことねえ。一旦切ってネタを仕込んでからかけ直したいと思ったが、今切ってしまえばもう一度意図的に彼女に電話する勇気はないし。なんか、なんか言え俺。

「いま、何してた?」

 やっと捻り出した台詞は、そんなどうでもいい一言だった。まったく俺って使えねえな。

「考えごと してた」
「なにを……いや!言いたくなかったら別にいいぜ」

 何してた?何考えてた?ってまるでストーカーか口うるさい小姑みたいではないか。当たり障りなく今日の氷帝テニス部の練習のこととか聞けば良かったのに、なぜ咄嗟に思いつかなかったんだと後悔のため息をついたら、天使みたいな彼女の声が聞こえた。

「聞いてくれる?」
「おう」
「今日氷帝行ったらテニス部レギュラー陣おそろしくイケメン揃いなの、桃城くん知ってた?」
「一応な」
「前にも一度聞いたじゃない、なぜテニス部は美形だらけなのって」

 授業中に聞かれた。しっかり覚えている。たしかトーナメントの組み合わせが決まった日だ。桃城くんもイケメンとか言われて動揺しすぎてあの日の授業はまったく記憶にない。

「やっぱりテニス部の入部要件にはかなりハイレベルな顔面クリア基準が設定されているに違いないって改めて確信したんだけど、そんな簡単な理由じゃ面白くないし」

 面白くない、ってなに。彼女のなかの面白さの判断基準はどうなってるんだろう。

「例えば、努力して強くなろうという心根の強さや美しさが顔に反映されているとかの理由だったらどうだろう、って思いついたらちょっと楽しくなってきて。強ければ強いほど美形になる、故に"テニス部上位=イケメン"の等式がなりたつ、という仮説を立ててこれから検証してみようとしてるとこだった、いま」
「一息なげぇし」
「この仮説、プロスポーツ選手の事例とかで証明できないかな」
「面白ぇこと考えてるよな、お前いつも。そういうとこ好…、す、すす すげえ…と思う」

 今、俺どさくさまぎれに何を言おうとした。しっかりしろ桃城武。

「そう?」
「そ!そうだって。この前も授業中に前の奴のうなじ見ながら精神性は髪の毛の流れに現れる気がするとかなんか面白ぇ分析してたし、」
「そうそう!」
「だったら俺みたいにいつもガッチリ髪の毛固めてるタイプなんてどういう精神状態になるんだ、意図的な仮面で外側だけ塗り固めてる中身すかすか野郎ってことなのかよそれすげえカッコ悪いし最悪じゃん、ってあれから俺ずっと考えこんで夜もなかなか眠れ…っ、ああ!何言ってんだ俺、もういい」

 たぶん心臓と口は密接にリンクしているのだ。跳ねる動悸を反映して自分の発言があまりに不安定になるものだから焦っていたら、また彼女が不意打ちで俺の胸をさわがせる。

「桃城くんの声、いい声だね」
「は!?」
「電話で聞いたの初めてだけど、聞いてたらホッとする」

 耳元でそんなこと言われたら、ますます心臓が暴れだして言葉を失った。どうしようもなくテンションが上がって、今にも叫びそうで、枕に顔を埋めてじたばたする。
 ほめられた。今俺、彼女に真面目にほめられた。通話口のむこうで彼女がほほ笑む気配に、胸がいたい。

「いい声といえば……忍足さんのあの声は、いい声すぎて逆に落ち着かなくなるんだけど」

 続くセリフにもっと胸がいたくなった。なんだよそれは。まさかここで忍足さんの名前、出てくるとは思わなかった。無意識で喜ばせといてすぐどん底に突き落とすの、やめてくんねえかな。

「いい声にも色々あるよね」
「……」
「てゆうか"色々"って便利な言葉」
「……」
「だと思わない?」

 上がったり下がったりするテンションに返事がままならず、黙り込む俺の耳に「どうした桃城くん…おーい」って彼女のやわらかい声がひびいていた。



二人で神さまを拐いにいこうか

なんかよく分かんねえけど、やっぱり忍足侑士ライバル決定っぽい。
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