さりげなく
――及川の彼女って超髪きれいだよなァ。
なにげない岩ちゃんの一言の裏には、どんな邪な意図もないことは分かっていた。単純な事実。
それでも、柄にもなく腹が立ったのは“彼女がきれいなのは髪だけじゃないよ”とかそういうことが言いたかったのではなくて、もっと、別の何かが原因。
「髪きれいなだけで正直 可愛さ5割増しっつうか、やっぱロングヘアいいわ」
「そう?」
「そうだろ」
たしかに彼女の髪はきれいだ。ものすごくきれいだけれど、そのロングヘアが人目を引くきっかけになって、不特定多数の人間が彼女に注目するようになって、挙げ句は外見に包まれたもっと奥にある彼女の良さに色んな人が気付いてしまうような事態になったら堪らない、と思った。
彼女の良さが分かっているのは、俺だけでいいのに。俺だけが分かっていればいい。なんて、ちっぽけなエゴ。なんてちっぽけな独占欲。
「……」
「なにあれお前の趣味?」
「黙れバカ」
もやもやと膨らむ腹立ちを押し隠すこともできなくて、有無を言わさず岩ちゃんの言葉を遮ると、すぐに彼女に電話した。
「髪切って、いますぐ」
「なんで?」
「及川さんの心の平安のために必要だから」
「やだ」
プツン。ツーツーツー…
即、切られました。電話を。なにこの反応、愛が足りないんじゃないのちょっと。
「お前…本気でバカだな」
「なにが?」
「髪は女の子の命だって言うだろ」
「モテない岩ちゃんに女の子の気持ちなんて分かるわけないでしょ」
「そんなこと言ってたらお前その内ふられるぞ」
「大きなお世話だし。そんなこと絶対あるわけないし」
「はいはい言ってろ」
「岩ちゃんのばーか」
とは言いつつ一抹の不安を感じて、彼女の部屋へ駆けつけてしまうのは俺の弱いところ。そう、俺は彼女には弱いのだ。彼女限定で、弱い。
「なんで髪伸ばすの?」
「なにそれ」
「及川さんのため?そうなんでしょう、そうだと言え」
「違います」
なにその命令形、って続けながら笑う彼女の横で長い髪が揺れる。
夕暮れの光を受けてきらきらとオレンジ色に染まる髪は、確かにきれいだった。岩ちゃんが言うように5割増しで可愛いって言ってあげたいところだけれど、俺にとってはすでに彼女の可愛さはアッパーだから5割も増す余裕なんてないのだ。可愛さ最高峰=カノジョ。
「じゃあなんで伸ばすの」
「面倒くさいからかなあ」
「伸ばした方がずっとめんどくさそうだけど」
「いや、短いと定期的なメンテナンスがめんどい」
「…」
「あ。あと、徹が誰と浮気しても、例えばなにかの間違いでどんな女の子を部屋に連れ込んでしまうことがあったとしても、極力気付かなくて済むように。かな」
「……」
「ただそれだけのことだよ」
それって
結局、及川さんのためじゃないの。
ああ、だめだ
俺もうこいつしか無理。
思いながら及川は、彼女のなめらかな髪の中にそっと顔を埋めた。
さりげなく最大級の愛をささやきます- - - - - - - - - -
2013.11.20