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ひとり




「もう、終わりにしようって、思ったことはある?」



信じられないのは、そのとき俺が、『そろそろ』だと思ってたことだった。









この季節にこんなところにいる人も珍しいだろう。
そう思っていたが、あちこちに人の気配はあった。

階段を降りていくと、電灯の光が水面にいくつも反射して揺れている。
珍しく降った雪のせいでわずかに増水してはいたが、穏やかに波打ち続けていた。
何とも思わずにそれを見ていると、前を歩いていたテマリがあまりに近づきすぎるので、「おい」と声をかけた。

一瞬ぴくりと肩を震わせたように見えたのだが、止まることはせず、水際にうずくまった。
凍るような寒さにも構わずに、水に手を浸して彼女は言う。

「終わりにしようって、思ったことはある?」

その言葉の端には強さ、とか、決意のようなものを感じた。
冗談などではないのだろう。

テマリは振り返って、金色の髪を耳にかけた。
掬い上げられた微量の水を吸って、金の色は少し重くなった。

俺は驚くほど冷静に、今までのことを思い出していた。
楽しかったことばかりではなかった、と。



出会ってからこれまで、傷つけてばかりだ。
俺とこの人は。






障害なんてない。
なんだって簡単に手に入ってしまうものだ。

そう思っていた。

見つけてしまったら触れたくなった。
触れてしまったら、欲しくなった。
どこまで行っても貪欲に繰り返すものだから本当にタチが悪い。

そうして自分が思ったようにしていれば、時に彼女が傷ついているということには気づいていた。

目を伏せるつもりじゃなかった。
どうしたらいいのか、分からなかったのだ。






テマリは泣きも笑いも、怒りもしなかった。
そこから感情を読み取るのが難しいと感じるのは、やっぱり俺が勝手でどうしようもなく子供だったってことなのかもしれない。

今さら分かりたいと思うのに、遅いんだろうか。



「私は、あるよ。何度も。でも」



その先は続くことはなかった。
だから勝手に、つけたした。

(さがしてる)

でも、探してる。そう言って欲しかった。






届いてなかった。
そうじゃない。

やっぱり変わらないものなんて、何ひとつないってことだ。
届いてたものが色を変えて形を変えて、俺とこの人を繋げなくなってしまったんだ。



だけど、

ただ、流れるべきだったのだと思えたら

この先つらいとか苦しいとか、感じなくても済むんだろうか。






「言いたいことがあるんだけど」

そう切り出したテマリは、いつまで経っても何も口にしない俺に、少しだけ表情を強張らせていた。



「うまく、言えないことなんだ」

「・・・・・・」

「それだけ」

「・・・・・・うん」






それっきり、何も話せずに、時間は何倍にも長く刻んだ。

電車が何本も鉄橋の上を走って行った。
キーンという耳鳴りと、歯がカチカチ合わさる音が聞こえた。
それは寒さのため、だけじゃなかったかもしれない。






(無理だ。俺には)

なにもかも、流れるべきものだったなんて思えない。






「うまく言えない、ことなんだ」

小さく口にすると、テマリの気持ちが少しだけ分かったような気がした。
テマリには聞こえていたかどうか分からないが、こちらを見ていた。

急に風が吹いた。

首を竦めて寒さを我慢していると、テマリの赤い指先が目に入った。



水に濡れて冷たくなったであろう彼女の手を、つかんで温めてあげたいと思うのに。

動けない。
動いたら、変わるから。

怖くて、動けないでいる。








END







☆mimsさまリクエスト
テーマ『水』

そこから、、
『あきらめたら、おしまいだって思ってるふたり』
に辿りつきました
(なぜだ)

どうしても場所を水際にしたくて、聞こえる音も現代のものがしっくり来る気がして、急遽現代パロにしてしまいました・・・

またしても暗くなってしまい申し訳ありません!!
でもどこかに希望みたいなものを見てくださるとうれしいです。
ありがとうございました!


すず 2007/12/27

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親愛なるすずさんにリクエストしていただいていた小説です。
私にとって『水』というのは、とても不思議な存在で、とても愛おしいと思う気持ちと畏れとの両方を感じます。

2008/01/07

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