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アスシカ、カカイル(?)前提アスカカ。





『尻尾』 



 後味の悪い任務だった。
 上忍待機所でとりあえず一息ついてから火影に報告に行こうと扉を潜ればそこに、所在無げに頬杖をついて窓の外を見遣る銀髪が視界に入る。
「お疲れ、アスマ」
 こちらに気がついた男はだが、視線をこちらにやることなく形ばかりの労いの言葉を投げてきた。
「おお、お前もな」
 言いながら横にどかりと腰を下ろしても男は身じろぎ一つしない。だが男の身体からわずかに漂う鉄錆の匂いと薄汚れた装束から、この男もまた自分と同じなのだと知る。
「なぁ」
「なに」
「……するか?」
「んー、どうしよっかな」
「珍しいな、お前がそんな思案するなんて」
「そう?……そうでもないよ」
 そこには罪悪も背徳も何もない。ただ滾った黒い熱を吐き出すためだけの行為。己をリセットしなければ、明るい日の下には出られないような錯覚。その源こそが罪悪を呼び起こすだけで。だが、男のいい様には常には感じなかった違和感があるのは確かだ。
「まぁ、気乗りしねぇんならいいけどよ」
 いつもの場所で、いつもの煙を吸い込んでいたら幾分気持ちは落ち着いた。
 大丈夫だ。多分アイツの顔を見ても。
 言い聞かせながら腰を上げる。
「……、いいよ、する?」
 振り向いて見下ろした男の、見上げてくる濃灰の隻眼の奥には、確かに欲望の火が見えた。


 明かりの遮られた仮眠室に入るなり、貪るように互いに口付け合う。さしたる意味はない。ただ行為に向かう儀式のようなものだ。性急に着衣を剥ぎ取ろうとする手を、嘲笑うように男は自らその白い肌を晒した。暗闇に浮かぶ陶磁器のように透き通る肌。惜しげもなく晒されるそれに男は何の価値も見出していないことは知っている。それでもある種の欲望を刺激して止まないそれに、本能の赴くままに吸い付いた。
 ただ欲を吐き出すためだけの行為。だが荒い息の間から、低く呻くように吐き出される喘ぎが脊髄の底を痺れさせ、鍛え上げられた、鞭のようにしなやかな肢体に魅了される。
 だが、溺れてもなお脳内にちらつく、全く別のものが厭わしい。
 腹の上で欲を貪って揺れる男の肢体は、淫乱そのものだ。
 アイツなら違う。多分。
 なんだかんだ言っても常識に縛られるヤツだから、与えられる刺激に戸惑い、抗おうと眉根を寄せ、それでも溺れていく過程できっと壮絶な色香を放つだろう。
 女を抱いていても、別の男を抱いていても、自分を支配し疼かせるのはたった一人の男、否、まだ少年であることがいつも滑稽になる。大人ゆえの狡さで踏み越えない自制は持ち合わせているつもりが、彼の前ではただの情けない男に成り下がっていることも。
 けど、しょうがねぇよなぁ。
 踏み越えるわけには行かないのだ。
 だからこれはいわば予防線だ。
「……なに?他事?」
「別に」
 はぐらかせば、落ちて表情の見えない艶やかな銀髪の向こうで、男は口の端を歪める。
「どうした。お前こそ、今日は強請らないのか。もっと、って」
 からかうように言えば、男ははっきりとその口元に不可解な笑みを刻んだ。
「なんだ、よっ」
 把握できないそれにわずかな苛立ちを覚えて男を下から突き上げる。
「……っ」
 強い刺激に仰け反る首筋に煽られて、男を抱えて身体を起こす。ただの本能に任せて白い肌に噛み付き、熱い息を零す口元から覗く、肌とは対照的な真っ赤な舌に吸い付こうと顔を寄せれば、口元に手のひらを当てられて制止された。
 今更、何を拒むってんだ。
 やっぱりコイツ、いつもと違う。
「……なんだ。何があった」
「別に」
 言った男は、どこか楽しげだ。
「お前……、まさか誰かできたか?」
「まさ、か」
 硬い胸を合わせて、男は自ら腰を振り、快感に喘ぎながら否定の言葉を口にする。だが、それが偽りだということははっきりとわかる。
「へぇー、びっくりだな」
「そう?」
 そして男は否定もしなかった。
「さぞかし上質の、子猫ちゃん、なんだろう、な」
 この男の実力と容姿を鑑みれば自然と浮かび上がるイメージを、上がる息の間から口にして、だがどこか違和感は覚えた。
 それだけでこの男が満たされる気がしない。
「ちょっと、違うかな。普通だし、頑固だし。尻尾は付いてるけど」
 でもまだ俺のもんじゃないよ。
 拗ねたように男は言う。
 まだ自分のものじゃない尻尾。
 ……だったら俺といっしょじゃねぇか。
 思わず口走りそうになった言葉を飲み込む。ばれることではなく、万に一つもない可能性に焦燥を覚える自分が可笑しかった。
 今はどうでもいい。
 ここを出れば、アイツは待っている。俺を。俺を――
 それでも腹の底から沸いてくる嗜虐に任せて、男をベッドに沈めてこれ見よがしに突き上げる。
「……っ、……ぅ、アスッ……、ちがっ」
 組み敷かれる苦痛と快感に綺麗な顔を歪めながら、何か言い募ろうとする男に、律動は止まった。
「なんだ」
「違うから。安心しなよ」
「カカシ?」
 ばれてたってのか。
「はっ……」
 大声で笑い出したかった。上手く取り繕っているつもりでも、この男の洞察には適わなかったということか。
「だったら、これも――」
 言いながら男の赤く色づいた胸の頂をきつく抓る。
「……ぁっ、……いっ」
 いつも、足りない、もっと、と嗜虐をさえ望む好色な身体は、相変わらず与えられる刺激に正直で、この身体を手放すのが惜しいかと聞かれれば、何と答えたらいいのか迷うなと思うくらいに自分は身勝手だ。多分この男もそれは同じ。
「今日で最後か?」
 だがどこか清々しい気持ちで、刺激をやめないままに男に問い掛ける。
「……っ、多分、ね」
 返ってきた答えに、鼻から笑いが漏れた。
 多分ってのはいただけねぇんじゃねぇのか。
 そう思ったが、快楽に身を捩る男なりの、その言葉の奥に潜められた意味があるのだろう。
 一瞬過ぎった、普通で頑固で尻尾が付いた別の影を、まさか、と否定する。
 あれとはあまり相性は良くなさそうだ。
――まさか、な。
「でも、よかったじゃねぇか」
 きっと尻尾の付いた「誰か」がこの男を救うのだ。それがどんな形になるにしろ。
 心底偽りのない言葉をかければ、男は、どうかな、と言いながらも綺麗に笑った。
 尻尾、ねぇ。
 アイツのは随分と硬そうな尻尾だがな。
 だって重力に逆らって、天を突き刺している。
 そう思ったら口元に自然と笑みが漏れた。
「ったく、お前、いい加減にしなよ」
「……お前もな」
 催促するように絡み付いてくる脚と、裏腹にどこか遠くを見る男に苦笑し、やがてこの男との最後の高みに向かう。凝りもせず、目の前の銀髪ではなく、その黒い尻尾が解かれてシーツに散る様を目の裏に見ながら。
 己の感情に向き合うべき時が来るのだと俺は漠然と悟った。
 


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揺らぐバランスのさなさまより頂いた、頭の煮えそうな萌え設定><
あああありがとうございました、遠慮なく奪取させていただきました!!!!

2009.09.24 mims
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