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▼2009.8.23発行/mims個人誌
In the soup

アスシカ前提特上&エリート中忍話

 in the soup = 俗語/困ったり苦しい羽目になること
 多分限りなくプラトニックなままに近いじれったいアスシカと、それを取り巻く特別上忍やエリート中忍くんたちのおはなし。
 アスシカ以外にもほのかなカップリング要素ありですが、どれも友情以上、愛情未満なかんじ……かもしれません。


scene01浮力。
イズモとシカマル

待機所で、シカマルを
観察するイズモ先輩。
煙の成分に、目には見えない
薄暗い想いが溶け出している


 シカマル本人にしてみれば無理をしている意識はないのだろうけれど、第三者の目にそう映ってしまうというのは、やっぱりそういうことなのだろう。
「なんすか、イズモさん」
「……似合わない」
 気付かれぬよう視線を注いでいたはずなのに、ひそやかなやり方にも敏感に感付いてしまう辺りは、シカマルのこれまで辿ってきた軌跡を垣間見せる。
 同期のなかでたった一人だけ抜きん出たあの中忍試験以来、なにかと周りの好奇の目に晒されて来たのだ。つい過敏反応してしまうのも仕方がない。もしかしたら、もっと前からそうだったのかもしれない。シカマルにはどこか得体の知れない所がある。
 エリート中忍とカテゴライズされる今では、ある部分でとっくに俺やコテツを追い抜いてしまっているのだから。
 それとも俺は、自分で思うよりも不躾な目で見ていたのか。そうかも。だって、まばたきの回数まで覚えている。
 これではまるで、俺がヤツに惚れているみたいじゃないか。そう思ったら可笑しくなった。



scene02揺れる
ゲンマとシカマル

人間が本性を剥き出しにするのは、
怒りで我を忘れた時か、ベッドの中

 外はあんなに蝉の声がうるさかったのに。薄い膜が張ったように、外界の存在が遠ざかる。聴覚が体感温度に作用しているのか、音が減ると、途端に室温まで下がったように思えた。
 ゆらり、顔の前で千本を揺らしながら、ゲンマはシカマルを見つめる。端正な横顔。
 親父さんもそうだけどシカマルも、ただ整っているのとは違う、キレイな顔立ちをしている。なんつうか、知性が透けて見える感じ。
 それが奈良家の遺伝子ってヤツか。ゲンマは心のなかで呟く。
 最初は、奈良の小僧だった。あくまでも奈良上忍の息子。
 認めているのはシカクさんの方だけで、十以上も歳のはなれたガキをわざわざ名前で呼んでやる必要性なんて感じなかったから。
「シカマル」
「はい」
「一本、くれ」
 なのに今、奴を名前で呼ぶのは、いつの間にか認めさせられちまったってことらしい。
 シカマルは器用に一本だけを飛び出させ、ゲンマの目の前に箱を差しだす。するり、煙草を抜き取りながら、きれいな形の爪に視線が留まった。
 こんな所まで、シカクさんによく似ている。


scene03その手の話
アスマとカカシ

お酒が入ると大人は
大人じゃなくなるんです


 他人の悩みを肴にするなんて趣味はないけれど。ひとまず、今夜は退屈しないですみそうだね。
 並んで外に出れば、生ぬるい空気。薄闇に浮かぶ月は淡い色、夏の終わりの空はいつも少し物寂しい。
 待機所の窓から、安っぽい蛍光灯の明かりが漏れている。それを見上げる隣の男が、低いため息をこぼす。
 この男の中では、目に見える情景と気分とがキレイに正比例しているらしい。
 あそこにお前の悩みの種がいる訳ね。
 硝子越しに見える影を追いかける視線には、苦しげな色が浮かんでいた。
「将棋のお相手は断られたの?」
「今日は晩まで待機、明日は早朝から任務なんだと」
「そっか。それは残念」




scene04許せばいい
イルカとシカマル

センセイはやっぱり
いつまでたっても先生でした

 俺たちには知らないことが多過ぎて。勝手に大人になったつもりでいたけれど、まだまだ自分は何も知らないガキでしかない。

「素直にありがとうと言っておくか」
 快活と表現するのがよく似合う笑みと、通りの良い声。
 なんて温かい顔で笑う人なんだろう。緩やかに形を変えた口角と一緒に、鼻の傷が微かに動く。
 目に見える傷に、過去を重ね見てしまうのは単純かもしれない。けれど、視覚刺激は一番確かなものとして目の前にあるから。親父やカカシ先生、ライドウさん。そして、イルカ先生(この場合、イビキさんはまた別格だ)。
 きっと、その傷のひとつひとつに語られない物語が潜んでいる。言葉に出来ない感情や、忍としての決意が絡みついているに違いない。
 そこから他人が推し量れるものなんて、たかが知れている。そんな事は痛いほど分かっているけれど、陳腐な言い方をすれば、やっぱり尊敬せずにはいられなかった。彼らの辿ってきた道を。




scene05逆説とか、
アスマとシカクと時々シカマル

道徳観がぶっ飛ぶことだって
あるさと言うオトコ


 そもそも他人の色恋沙汰になんぞ興味もクソもねえのに、そんなの、気付かせてくれるなよ。
 しかも相手は――
 ったく、仕様のねえ大人だな。シカクは心の中で、ちいさくぼやきながら自分の隣の床面を手で叩く。ここに座れと言うように。
「シカマルの奴、多分今日は遅ェぞ」
 任務明けだろうに、アスマは律義に支給服を身に付けたまま。
 浴衣姿ですっかり寛いでいるシカクは、そんな窮屈な真似とても自分には出来ないと思った。
 その恰好でいれば、いつまでも仕事気分が抜けない。公私の区別くらいきっちりつけたいじゃないか。
 不意の呼び出しに備えての意図的選択だとしたら、上忍としての職務意識は見上げたモンだけれど、アスマのことだから、おおかた着替えるのが面倒だというのが実際のところだろう。
「待たせて貰っても」
「そりゃ、構わんがなァ」
 だったら、酒でも付き合え。お猪口を差し出せば、遠慮なく、と手に取るアスマに、冷えた日本酒を注いだ。


scene06不可視
アオバとライドウとシカマル

ナイーブだって自己評価をくだす人間が
ナイーブな訳がない。

 低温に触れて、熱を失う。食べ物を取り込めば熱量を得て、きっちり運動エネルギーに変換した分だけ動ける。
 その内側では、目に見えない心が厄介に蠢き続けていたりするのだけれど。
 キィン。耳をつんざく金属音。木の葉の誰かが、応戦しているんだろうか。
 俺が、ここでじっと雨のつめたさを味わっているうちに。
 忍の世界は頭で思っているよりもずっと厳しい。さまざまな欲望と金、諦めや決意、血と憎悪が複雑に絡み合っている。解いてもほどいても、またすぐに蔓延るツタのように。
「シカマルっ!」
 名前を呼ばれた瞬間に、爆風が吹き抜ける。火遁か、起爆札か。
 閉ざされた視界。雨の雫を切り裂いて飛んできた忍具が頬をかすめる。
 里を守るためには戦わなければならないし、戦うしかない。こういう場面に遭遇すれば、そう思う。傷は浅い、痛みなんて感じなかった。
「大丈夫か」
「はい。それより後ろ!」
「分かってる」



scene07さじ加減
コテツとキバとシカマル

コテツ先輩とキバって
すげえ似てますよね。


 俺のこと、ケムに巻こうとしてんだろ。言葉を続けながら唇を尖らせているコテツは、とてもイズモと同じ歳には見えない。今シカマルがコテツをケムに巻くことで、何の得があるだろう。
「そういうトコがムカつくんだよなあ、あいつもお前も」
「…すんません」
「わりぃと思ってないクセに、謝んなって」
 真っ直ぐな言葉がぽんぽん飛んで来るさまは、ある意味心地よくて。
 イズモさんとの、腹の底を探りあうような会話。短い単語だけで構成された、いつも頭を回転させていなくちゃならない会話も好きだけれど。こういう、するりと懐に入り込んで来る感じも嫌いじゃない。
 やっぱりコテツさんはキバと似ている。
「クソ…思い出したらなんか腹立ってきた」
 くつくつと喉の奥を鳴らしていたら、突然首根っこをつかまれる。
 じゃれつくにしては力強すぎ。忍なんだから少しは加減してほしい。きゅっと引き攣れたうなじが痛い。
「なんすか、急に」
「そういう所もイズモに似てる」
「んなこと言われても」
 ムカつく、ムカつくと繰り返しているコテツを見ながら、自然に微みが浮かぶ。


scene08雨がふる。
第10班の風景

雫で閉ざされた空間が、
外とはまるで別の世界に感じた

「たまには飲んでみるか」
「酒?」
 おう。アスマが頷くと、シカマルは微かに首を振る。頭の上で束ねられた黒髪が、ゆらゆらと揺れた。
「やめとく。この前のアスマみてぇになりたくねえし」
 相変わらず可愛げのない言葉。生意気を吐くその口が、どうしようもなく好ましいなんて、自分は物好きだと思う。
 本当は酔ってほんのり頬を染めたシカマルを、ちょっと見てみたいと思っただけ。
 未成年に酒を飲ませるのは良くないこと。そんなの勿論知っている。
 でも、良くないことに限って魅力的だったりするから、ついつい誘惑に負けそうになるのだ。底の浅い偽善なんて、誘惑の前では無力になる。
「まあ、そのうちな」
「今日は飲み過ぎんなよ」
 みずみずしい唇は、いつも少しだけ棘のある言葉を吐き出して。アスマの被虐心をちょうどいい具合に擽る。別に、マゾヒズムに囚われている訳ではないが。傷付くのも、程度によっては心地いい。
「分かってるって」
「ほんとかよ」
 泣き上戸は勘弁してくれよな。苦笑まじりのシカマルの顔が、薄暗い照明に映えて見えた。



scene09溺れるオトコ
シカマルとアスマ

無意識で抑え続けていた想いは、
見ないふりが出来そうで


 派手すぎる鮮やかさがオトコには似合わない。畳んだ傘がアスマの右手で、やけに小さく見えた。大きな髭男に女物の傘。どうにもアンバランスだ。
 不安定なものには、昔から妙に惹かれる。目を離しちゃいけない気になるから。
 義務感にも似た感覚で見ている内に、やがて興味が沸く。その先を知りたくなって、見続ける。見えなくなったら、網膜の内側で、残像を追いかけている。それで結局は心まで掴まれる。いつもそのパターン。
 風に流れる雲だとか、幼い顔のなかで酷く艶っぽい唇だとか、ひらひらとはためくスカートの裾だとか。つい見ていたくなるじゃないか。
 アンバランスさは、心の複数箇所を同時に掻きむしるから。だから、掴まれてしまうんだろうか。
 いつもは魂の存在なんて意識することもないのに、そういう瞬間、身体の奥の方でたしかに魂のちいさなざわめきを感じるのだ。
 さしずめ今は、女臭い傘と髭男の組み合わせ。その違和感に胸が跳ねている。
「帰り道じゃねえか」
「まあ、いいけど」
 出来るだけ気のないフリを装って返した言葉に、アスマがやわらかく表情を崩した。余裕の顔。あんたのそんな顔ひとつで、また俺は今夜眠れない。



scene10臆病なオトナ
アスマとシカマル

心ごと絡め取られたように、
たった三手先すら読めない

「煙が、な」
 くわえ煙草が目にしみているのは嘘ではないけれど、本当はそれが理由じゃない。
 自分の踏み潰したモノに、終わりを見たのだ。俺は。柄にもなく感傷的になっていると言えばそれまで。でも、ちいさなそれとともに自分のなかで何かが潰れた。
「だから吸い過ぎだっつうの」
 それより、これ。目の前に差し出されたのは、見慣れた蝙蝠傘。昨夜の雨で、シカマルに貸していたものだ。
「いい加減自分で持てよ」
「ウチまで持っててくれ、手ェ塞がってるし」
 めんどくせーな、だいたい煙草吸ってるだけだろ。辛辣な台詞を呟くシカマルが本気で面倒には思っていないとアスマは知っている。口元がやわらかく弧を画いているから。
 そっと振り返れば、ぺしゃんこの殻はもう見えない。




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