いつまでも同じままのものが、この世にひとつでもあるだろうか。
放っておいても髪は伸びるし、声も顔つきも仕草もすこしずつ変わって。たぶん身体の中身だっていつのまにかそっくり入れ替わっている。
その爪で背中を引き裂いて「は?」
「だから、血液」
「いやいや聞こえたけどなんだよその血液ってのは」
「ひらたくいえば、血、っすね」
「んなこたァわかってる、知りたいのはその理由だ」
お前大丈夫か?熱でもあるんじゃねえの。と、のびてきた掌に噛み付いた。
状況は、こうだ。
なあシカマルくん、お前生まれ代われるとしたらなんになりたい?髭面のむさくるしい男が、およそ、その外見にはそぐわない乙女のような問いかけをしてきたのが3分前。
きっとこの熊は、もっとロマンティックで可愛いげのある答えを期待していたのだと思う。なぜって、いまはさんざんべたべたと混ざり合ったあとの、気怠いひとときだから。
あつい胸板に額をこすりつけたまま、たっぷり2分間。だまって考えたすえに、俺が引き出した答えは、おっさんの気にいらなかったらしい。
だからあんたはバカだっていうんだ。こんなに究極の愛の言葉はないと思うのに。
生まれかわったら、血液になりたい。あんたのなかをぐるぐると回っている、血。寝てるときも起きてるときもあんたを生かすために身体中を駆け巡っている、血。それになりたい。
「もう一度聞くよ、シカマルくん」
「どうぞ何度でも」
「お前生まれ代われるとしたらなんになりたい?」
「血」
「………」
「あんたの血液になりたい」
「やっぱり熱でも、」
「ねえって」
さっき噛みついた指が赤く変色している。俺よりずいぶん大きなかさかさした指。人差し指の横っ腹に、くっきりと刻まれた歯形。俺って結構歯並びいいみたいだ。標本にできそうなくらい整然とならんだ小さな赤。
かさついた皮膚の、その部分だけがすこししめっている。ほら。ここにも血液が。皮膚の下では、外からの刺激で血流が停滞し、ひとつ所に溜まっているのだ。俺の歯のかたちに。
健康的な肌色のなかに浮かぶ赤。自分がつけたそれを、ひどくエロチックだと思った。
太い首筋にも、さっき吸いついた痕。脇腹には引っ掻き傷。
あんたの身体のいたるところに毛細血管が広がっていて、頭のてっぺんから爪の先まで。からだじゅうに、つねにめぐりめぐっている血液。
血の管に溶けてあんたのなかを自由に泳げたなら。俺の運ぶ酸素や栄養物質であんたが生きて、動く。あんたのなかでいらなくなったものを、俺が運びだす。その間ずっと俺はあんたのなかにいて、生命活動を維持しつづける。
「ほかの体液でもいい。リンパ液とか、汗とか」
でもやっぱ一番は血っすね。
相変わらず額をすりつけたまま、胸にきつく吸いつく。また、赤が浮かびあがる。
ずっと一緒にいたいんだとか、素直な言葉は苦手だ。いつかは別れがくるような、人同士でいるのもちがう。たぶん、怖いんだ。
女だったら、なんて、考えるのにも疲れたし。いつまでも夢みる少年みたいなあんたを、異性であるという、そのことだけで繋ぎとめられるだろうか。そんなのは、とんだお笑い草。
「シカマル…」
「なんすか」
だから俺は血になりたい。
俺がいないと生きられない、アスマがそんな身体になればいい。
背中に回った太い腕が、俺を引き寄せる。いたいくらい。
「俺は、」
睦言でもなんでもない、あんたの低い声に。ふるえる。からだのなかが熱くなる。あんたの声、それだけで。
やっぱり俺は熱があるんだろうか。
「アスマ…」
「このままが」
身体のなかでは血がめぐる。きつく吸い付かれたうなじが痛い。強く肩甲骨に食い込む指先。いたい、いたい。
いたい。
痛いのは、どこだ。
「もう。いい」
あんたが俺を変えたくせに。
身体のなかで血が巡る。体温は急速にあがる。あがれ、もっと。もっともっともっと。冷めた目で自分を馬鹿にする自分が消えてしまうくらいもっともっと高く。
あんたの目の奥にある戸惑いがみえなくなるくらい、滾ればいい。
その爪で背中を引き裂いてそして、あんたに溶かされる。- - - - - - - - - - - -
2009.10.05
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