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「カカシ、さん…?」

 布団に入って十数分、隣に寝そべる男は緩やかな寝息を立てはじめていた。繋がれた右手からは力が抜けていて、引けば簡単にするりと解けるのが何故か切ない。
 さっきまでのように、しっかり指を絡めて、離さないでいてくれたら良いのに――

 なんて。我が儘なんだろう。
 眠りを妨げないように気遣いながら、左目を縦に走る傷にそっと指を這わせる。いつもは覆われて見えない綺麗な喉仏、形の良い口許、すらりと通った鼻筋。
 ホントに綺麗だ――カカシを形作るラインは、どれ一つ取っても完璧な曲線を描いていて、知らず溜息が漏れる。

 こうやって、カカシが眠りについた後、黙って彼の姿を観察するのが好きだった。明かりを消した暗い室内には、カーテンの隙間から僅かに入り込む月光が満ち、静かで濃密な空間を作り出す。青白く照らされた男は、西洋の古い石膏像もかくやと言わんばかりの黄金率を体言していて。見つめれば見つめるほどに惹かれて行く。

 不思議な人だ、と思う。里一番の技師、引く手数多の色男の彼が、なぜ平凡で可愛げのない自分なんかにこんなにも執着を見せるのか。
 カカシは、眠りに落ちるまで、傍を離れる事を許さない。まるで幼い子供のように。いつもの飄々とした何にも固執しない素振りからは想像も出来ないその言動。
 必ず身体の何処かを触れ合わせたまま、意識を失うように眠りへと吸い込まれていく姿は、更なる愛おしさを引き出して。
 苦しいのかもしれない、その想いの密度が。


「カカシ…」

 もう一度だけ名前を呼んで、反応の無いことを確かめると、そっと布団めくり起き上がる。
 寝室の扉を締めキッチンへ移動すると、そこには静謐で澄み切ったつめたい空間が広がっていた。真夜中の水場は独特の空気が漂う。無関心で薄暗く、そして少し優しい。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、適当なグラスに注いで、こくり。
 庫内の小さな明かりだけが光源の非日常の空間で、一気に飲み干すと身体の中までつめたく冷えていく。喉元を通る液体が首筋にちりり、と鈍い痛みを意識させる。
 さっきまで愛されていた肢体は、柔らかい唇の感触を焦がれて、薄い皮膚の下で血液が熱を持つ。

「カカシ…」

 小さな声で名前を呼ぶと、熱を帯びた体液が脳内に刺激を送り込む。別に快楽を求めるとか、そういう意味ではなくて。
 ただカカシが欲しい、と思った。

 隣の部屋から感じる、微かな気配が恋しくて、冷たいグラスを握り締めた指が震えた。ひえた指先で、痛みの走る首筋をそっと撫でてみる。
 背筋の戦慄は、温度差によるものなのか。それともこの、息が詰まる程の愛おしさの所為なのか。


「んん……」

 小さな呻きが聞こえてくるまで、どれくらいの時間が経ったんだろう。無意識で噛みしめていた唇が、痛い。
 そっと間仕切りを開け、ベッドサイドに座り込む。

 ――見つめる

 見つめる。白い肩に走る爪痕を。
 見つめる。乱れた銀髪を。拗ねたように尖る唇を。
 見つめる、見つめる。心の芯を搾り上げられるような“想い”を。
 カカシさんが此処に居るだけで膨らんで行く“想い”を、見つめる。

 此処に居て、ずっと貴方に甘えていても良いんでしょうか――


「ん。どこ……」
「ここに…隣に居ます」

 するりとベッドに潜り込み、空をつかむように藻掻く大きな掌をそっと包む。

「甘えてるのは、俺の方でしょ」
「………」
「だから、ずっと傍に居て。上忍命令ね」

 肌の熱を交わした瞬間、
 胸を押し上げていた狂おしさがじんわりと融けて行った――



しさの向こう側もまたしさで

たとえばあんたの汚くれた部分でさえも


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2008.09.10 mims
9月15日お誕生日のカカシへ、愛をこめて。

thanks:夜風にまたがるニルバーナ
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