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 受け取ったときには分からなかった。

「お前みたいだと思って、な」
「は?」

 穏やかな笑みを浮かべて囁かれる低い声は、ただ不可解で。でも、鼓膜は理由も分からずに悦んでいた。
 差し出されたのは色とりどりの花びら型の紙片を張り合わせて作ったぺらぺらの物体。子供騙しの玩具だけに、俺が“ガキ”だとの揶兪なのか…と、軽く眉を顰めて高所にある髭面を睨み上げる。

「膨らましてみろよ」

 目が合うだけで苦しくなるその視線の奥で、何考えてんのかは全然分かんねぇけど、楽しそうなあんたの声に、抵抗する気を失った。
 ため息を吐き出すのによく似たやり方で、そっと息を吹き込む。呆気ないほど簡単に膨らんだ手の中の物体は、加減を間違えれば弾けそうだ。油紙みたいな透き通るそれはぴりぴりと緊張を訴えている。
 あともう少しでも空気が入れば、きっと許容量をオーバーして薄い膜は破れる。儚くて頼りなくて。なのに何故か訳もなく優しい気持ちにさせるという不思議な代物。

 まるであっという間に膨らみ、今にも弾けそうで、それでいて対象を思えばやわらかい吐息が溢れ出す。どうしたら良いのか分からなくなっている、今の俺の腹底で渦巻く感情そのものみてぇだ。
 って、そんな事まですっかり見抜かれてんのか――

 アスマが何故これを土産に選んだのか、分かる気がした。

 いっそのこと、もっと空気を吹き入れて、壊してみようかと思ったのは気まぐれなんかじゃなくて。いつからか続く不快感にそろそろ蓋をしたいと常に期を窺っていたから。
 この紙風船が破裂すれば、俺の中の想いはどうなるんだろう。いつも夢の中に居るような居心地の悪さが、そこで終わる?

 確かに存在している自分の中の想いを、弄ぶようにそっと掌から打ち上げる。ぽんともぱさりともつかぬ渇いた音を零して、紙風船は空に溶ける。
 浮かんでは沈みを繰り返し、掌に触れるたびに少しずつ形を変える。単調な動作を繰り返していると、徐々に感覚が研ぎ澄まされてゆく。
 余計な思考が削ぎ落とされて、濾過されたたったひとつの感情だけが残る。それは決して浮ついたものではないのに、地に足が着かなくなるほどに焦燥感を煽られて。

「案外、楽しいもんだろ?」
「…そうか?」

 楽しいという言葉は微妙にいまの状態にそぐわない。それはウソではなかった(どちらかといえば、楽しいよりも興味深いに近い感覚だ)。
 でも、ぽんぽんと掌で物体を打ち上げるたびに、心の中に詰まった重たい砂が、少しずつさらさらと零れ落ちて行く気がした。高くもっと高くと跳ね上げれば、燻る感情も一緒に浄化されていく。

「喜んでもらえたみてぇだな」
「別に。喜んでねぇって」
 ガキじゃあるまいし。

 コトバを続けながら、手首の動きを止められない。落としたら何かが終わる気がして――

「その割には随分長い事遊んでんじゃねぇか」
「紙風船に加える力と描く軌跡との因果関係にちょっと興味持っちまっただけ」
 単純に力学的な意味でな。

 屁理屈みてぇな事を言ってる俺に、アスマはニヤニヤと笑う。
 なんでこんなモン、買って来たんだ?聞くのは無意味に思えた。意図なんて、何とでも言える。アスマが俺の為に、なにかを買ってきてくれたという事実だけで、きっと幸せで。理由はどうでもいい。
 こうして並んで同じ空間に居て、なんとも言えないやわらかく懐かしいこの感じを共有できていれば、それだけで充分だ。

 それにしても。ただ煙草ふかしてばっかの、ゆるーいオヤジが、誰よりも好きだなんて我ながら理解に苦しむ。第一印象はただの気の抜けた髭オヤジ(ホントにこいつが木の葉の上忍かよ?と、思った事はいまは内緒だ)。そのイメージは今も変わらないのに、あんたがそれだけの男じゃないってことを知ってる。
 別に、あんたから“俺はこんな人間だ”と説明された覚えはない。ただ、傍に居て見ていた。それだけだ。
 いつの間にかその髭面が何より愛おしく感じるようになっていたのも、何故かと問われたとして上手く答えられる自信などない。

「いつまでそうしてんだ?」
「あんたが買って来たんだろうが」

 一際高く打ち上げた紙風船を目で追いかけていたら、強く手首を引かれた。
 ったく、そんなことされっと落ちんだろうが(って、俺…いつのまにこんなお遊びに夢中になってんだよ?)。途端にむせ返るほどの煙草の香り。背中を抱き締める大きな身体。額に当たるやわらかい髭の感触に、心臓が壊れそうになる。

 足元でぱさり

 小さな音が響いた――




こうして想いが報われる事を、ほんとうは何よりも望んでいた。

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2008.10.18 mims
アスマ、はぴば☆
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「見えない臓器の名前は」
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