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 擽ったい。触れるか触れないかの曖昧な指が、耳たぶを掠める。あつい指。
 セックスの始まりがどんなモンか、たいして知りもしねえのに、俺の身体は勝手に反応を示して。ぶる、と背筋が震える。人間の身体っつうのは、そういう風に出来てんだろうな。
 くしゃくしゃと無造作に髪を撫でられるとか、額を小突かれたことは何度もあったけど、そんなのとは全然違う感覚。
 それよりももっと微かで、ずっと雄弁。指先にもしも意志があって、言葉を喋れるのだとしたら、そのときのアンタの指は確実に「やりてえ」と告げていた。

「んだよ、急に」
 気持ちワリィな。

 身体に比べると、心はずっと厄介なものらしい。嬉しいくせに素直な反応も出来ずに、脳内とは反対の意味合いの台詞が口をつく。
 アドレナリンの放出が始まった俺のなかは、少しずつ温度を上げて。皮膚はふつふつと泡立っているのに、頭の中は不思議なほどしんと静かだ。
 身体が急激に温度をあげるから、外界気温との温度差も短時間で拡がって、それが鳥肌という症状を引き起こすのかもな。なんて、割と冷静に分析してみたりして。
 にしたって、アスマの骨ばった指が皮膚に触れたのは、たった一瞬。敏感になんのもたいがいにしろよな、俺の身体。

 ふ。吐息交じりの紫煙(つうより黄煙?)。余りに濃すぎるそれは、空中に漂って消える寸前でさえなお、存在感を見せ付ける。
 アスマの吐き出す癖のある煙の香り。空気中の僅かな成分が、脳内に到達するととんでもない量の刺激にすり替わっている。それが"アスマから吐き出されたモンだ"というだけで。

「邪魔なんじゃねえかと思ってな」

 低く言葉を紡ぎながら、吸い差しを揉み消す指に もう一度触れられたい。

 ――邪魔…?あー、髪。

 ほんの幾筋か、群れを外れた前髪にアスマの指が絡む。燻った匂いの染み付いた手。掬い上げる指が触れているのは、髪の毛の先だけだというのに、ずくずくと血液が脈打つのは何故だろう。細い繊維を介して与えられる刺激に、肩が竦んだ。

「放っとけよ」

 首筋にはきっと肉眼でもわかるほどの毛羽立ちが見えるはず。俺のそんな姿をアスマはどう見てんのかな。分かりやす過ぎる自分の反応が、何となく悔しい。"素直過ぎる身体と比べたら心は厄介"云々の話じゃなくて、これはただ単に俺の性格上の問題か。
 耳たぶを掠めた大きな手の平が、髪の毛の間に滑り込む。じわじわと。いやらしい触れかた。
 う。呻きが漏れる。否応なしにこの先を予感させられるような仕草に。

 うっすら汗ばんだ掌に、触れられた部分がやわらかく緩む。このまま全身を撫でられれば、俺、溶けてなくなっちまうんじゃねえかな。アンタはこれまでもそんなやり方で、いったい何人に触れて来たんだろう。
 腹の底を擽る嫉妬と、腹の底から沸き上がるむず痒い心地良さは、微妙なバランスを保っている。こうやって考えてられんのは、まだ余裕がある証拠。そのうち何にも考えられない位、アスマでいっぱいになるんだから。

(相変わらず素直じゃねえな)


 俺の憎まれ口なんて気にせぬそぶりで、薄く笑みを浮かべる顔はまだ余裕を保っている。やっぱり、悔しい。嬉しくて堪らない感情と、匂い立つような厭らしさが混じり合った髭面。多分、逆に俺は余裕ねえ表情してんだろうな。
 でも、俺は知ってる。そんなアスマの顔を歪める方法。切なくて堪らない気持ちを絵に描いたような、眦を下げた困った表情にさせるやり方を。

 ふわり、指の先で髭の表面だけをそっと撫でる。微かな刺激は、逆に皮膚の感度を鋭敏にするらしい。ほら、アンタの唇がうすくひらいた。
 耳朶を軽く摘んで、擦り合わせる。多分、俺の指も「やりてえ」ってアンタに伝えてる。
 上目遣いで一瞬だけ視線を合わせて、アスマ…。名前を呼んだ声は、意図的じゃなく掠れているから。それを聞けば、アンタの余裕は一瞬で崩れ去る。いつも通り。
 そこからは、自分も飲み込まれる策になっちまうトコもいつも通りなんだけど。アスマの余裕を失った表情と、自らの口から零れた音に、同じように俺も勝手に煽られて。

「シカマル」

 低い声が俺の名を呼んだら、あとはもう目を閉じるだけ。だって互いに欲しくて仕方がないのだから。
 皮膚の感触。大きな体に包まれる感覚。深く侵入する熱の記憶。やがて与えられるそれらを思えば、頭も身体も欲望で破裂しそうなほどに膨らんで。大きな影が俺に覆いかぶさってくる。目の前は真っ暗。じわじわと組み敷かれて、漏れる吐息を呑み込むように唇を塞がれる。この瞬間が何よりも好きなんだ。



いやらしくさわる
こうやって、溺れていく。


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2009.03.25 mims
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