BL | ナノ
 

 何故だろう。何の疑いもなく、自分は当たり前に生きて行くんだと、ずっと思っていた。ごく幼い頃から。"当たり前"っつったら、アタリマエだ。特殊じゃねえっつうか、周りに紛れちまう感じ?
 面倒なことも変わったことも大嫌いだったから、目立たず普通のことをして、普通の女を好きになって、適当に働いて、ガキでも作って、"クソ親父"とたまに罵られながら、嫁さんの尻に敷かれたりなんかして。そんな取り立てて代わり映えのしない日常の末に、当たり前に死んで行くんだと。

 漠然とした人生観は、それでも案外細部にわたってビジョンがくっきり見えたりもして、その意味では確信に満ちていた。
 だから、俺がいまこんな風に頭を悩ませていることは、まったくの想定外だ。

「シカマル」
「あ?」

 何故だろう。今の俺は幼い頃からの予想とは正反対の場所にいる。面倒としか思えない相手に心も身体も占領されて、毎夜眠れず。決して完璧な幸せの形になりえない、不完全な恋愛の狭間に頼りなく漂っている、というか。

「まだ寝てろよ。一昨日から殆ど睡眠取ってねえだろ」
「まあな」

 朦朧とした頭で任務をこなしているはずなのに、不思議なほどに周りの評価は高くなる一方。おかげで面倒な類のことばかりが押し付けられて、息をつく間もない。
 このままじゃ、俺の人生設計はめちゃくちゃだ。誰のせいって、決まってんだろ。隣でのんきに煙草を蒸している、髭面のせい。

「ほら」

 差し出される腕に、重たい頭を預ける。いつの間にかすっかり慣れ切ってしまった所作。首のラインがアスマの肩骨の窪みにしっくりと馴染むと、自然に頬がゆるんでいる。んな顔、ぜってえ見せたくねえけど。
 くん、と擦り付けた鼻先で肌の熱を吸い込むように、規則正しい呼吸を繰り返す。やがて、瞼が吸い寄せられるようにくっついて、燻る匂いの底に沈んでいく。



 夢を見ていた。まったく身に覚えのないことだらけの世界で、与えられる事象を当然のこととして受け入れている俺。
 異様な吐き気を感じながら、なのに、どうしようもなく幸せな気持ちで下腹を撫で下ろす。ゆるやかに膨らんだ下腹部。俺の掌に重なる大きな手は、見覚えのあるそれで。そっと上を見あげると、見たこともないくらい穏やかな笑みを保った髭面。
 妙になまめかしく、どうにも不自然なのに、夢の中の俺は疑問の欠片もいだかずにその世界で生きている。喜んだり、悲しんだり、切なさに苦しんで。現実の毎日で感じているのとなんら変わらないやり方で感情は起伏を繰り返す。
 ただ意識の片隅で、これは夢だ。ということは何となく感じている。だって、どう考えてもあり得ねえから。孕むなんて。

(嘘だ…。ウソだ)

 困惑だか、幸せだかわからない独り言を何度もなんども呟いて。そのうちに、混濁したイメージが少しずつ闇に溶け、淡く霞むように消える。


「大丈夫か?」

 低い声。瞼に触れる固い指の感触。燻る香り。いま何時だろ、俺は何処にいる――
 はだけた布団を引き上げながら、俺を見下ろす奴の瞳が愛おしむように孤を描く。

「……ア、スマ」

 たしかに夢を見ていたのに、さっきまで当たり前にあった世界は、覚醒と同時にたちまち忘れられていた。

「すげえ魘されてたぞ」
「夢、みてたみてぇ」

 残ったのは、ひどく幸せで、切ない印象のみ。
 形にならない感情の名残だけで、揺さぶられている。夢の尻尾が、俺を小さく翻弄しながら、淡く残像を引きずって消えていく。

「怖い夢だったみてえだな」
「……いや、んな事ねえけど」

 多分、怖かった訳じゃねえ。だけど、曖昧に残るイメージは、いつも上手く言葉にならねえから始末が悪ぃ。

「涙…。出てんぞ」

 夢の中では理由もなく感動し、意味もなく悲しくなり、幸せを感じていた自分。それをふと認識したら、人間は理由もなくどんな感情でも持つことが出来るんだなと気づく。

「ちげえよ、これは」
「ほお」

 だったら、俺がいま囚われている逃げ場のない感情にも、眠れない夜の切なさにも、何の理由もねえのかもな。

「アスマの煙草が目に染みたんじゃねえの?」
「そりゃ、悪かったな」

 当たり前に生きて行くんだと、ずっと思っていた。面倒なことを避けて、代わり映えのしない日常の末に、当たり前に死んで行くんだと。
 だけど、俺の目の前には今アスマが居て。彼がそこにいるだけでむず痒く腹の底をくすぐり続ける感情は、消せそうにない。たとえ、それが普通から外れていても。たとえ、それに理由などなくても。

 ゆっくりと熱い指先が、頬の雫を辿る。何かを確かめるようなちいさな感触がもたらすのは、痛みに似た痺れ。胸の奥がぎゅうっと締め付けられて苦しい。

「シカマル」
「ん…」

 なぞる指先が唇を掠めれば、圧迫感はさらに増していく。苦しい。でもその苦しさは、決して不快ではなくて。

「もう、体力回復しただろ?」

 ったく、エロ髭…。返事も聞かずにのしかかってくる大きな身体が、いまは俺のすべて。



ゆめのつづき
こうされるのを待っていた

- - - - - - - - - -
2009.03.28 mims
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -