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 ふと目覚めたとき吹きこんだのは、ただの風だったのか、それとも、もっと別のものだったのか。与えられた感覚に背すじがぞくりとして、シカマルは肩をすくめる。
 すっかりひえたアスマの部屋には、うすぐらい闇と青白い月光だけが満ちていた。
 頭の下敷きで痺れてしまった片手を持ち上げて、乱れた結い髪をほどく。不自然な姿勢は、身体をぎしぎしと軋ませていた。

 ――待ってろ。とあんたは言った。
 
 数時間が経過したらしい。人気のないそこには、自分の息遣いと微かな煙の匂い。
 玄関の鍵は、おそらく、ひらいたままだ。
 灯りをつける気にはならなくて、真っ暗なまま空を眺める。秋の夜は空気が澄んで、星も月もよくみえた。

 ――待ってろ。そう言われて、嬉しかった。だからバカみたいに待っていた、何時間も。

 十月の風はもうずいぶんつめたい。頬を撫でる冷えた空気に、ふたたび肩をすくめる。
 目覚めた瞬間に、ぞくりとしたのは、たぶん、胸の中の空洞に気付いてしまったから。手の施しようもないその穴に。
 誕生日に、部屋へ呼ばれて嬉しかった。そんな日に一緒にいられるのが、嬉しかった。なのにあんたは、ここにいなくて。疎外感か、孤独か、むなしさか。
 どうしようもなくて、ためいきを吐き出すことしかできない俺。



「ただいま」

 なにごともなかった顔をして帰ってきたあんたを見て、むかついた。ただいま、って。穏やかな顔で、声で。月明かりだけが光源のなかでも、はっきりわかるやわらかい表情。
 なにが、ただいま、だよ。
 あんたの部屋はいつも通りに散らかっていて、机の上にばらけた報告書を重ねている最中に、紙で指を切った。ついさっき。せっかくの善意をモノにまで馬鹿にされた気がして苛々していたから、余計に腹がたった。なんてのは、恥ずかしくて言えないけど。指先のちいさな傷は、思ったよりもずくずくと痛んでいる。

「なにしてた?」

 煙をまとった彼が、当たり前のようにそこにいる。数時間の不在で薄れたヤニ臭さは、一気に逆戻り。
 いままでどこにいたんだよ、なにしてた、俺をここにひとりで放っておいて。待ってろ、ってあんたが言ったくせに。

「別になにも。寝てた」
「だから真っ暗、ってか」

 窓を背にしたアスマの大きな影が、片肘ついて寝転ぶ俺を覆いつくす。
 全身がざわざわと波立つような感覚。彼を見た瞬間に感じたそれは、たぶん、はじめて会ったあの日とおんなじもの。

「つけんな」

 明かりの紐へと伸びたあんたの手を止める声は鋭く尖る。輪郭のぼやけたあんたの姿をもうすこし堪能したかった。見つめていることがばれないまま、もうすこしだけ。

「薄暗い中で考えごとか」
「ちげえよ」
「思春期の少年の思考は理解不能だなァ」
「あんただって昔は少年だったくせに」
「もう忘れちまったよ」
「月……見てえ、から」

 たしかに、こうして月見も悪くねえけどな。言ってアスマは腰を下ろす。
 ふわりと漂ってきたあんたの匂い。鼻の奥で感じる独特の匂いにほっとする、ぞわりとする。落ち着くような、どうしようもなく落ち着かないような、そんな変な感じ。
 心がふわりと緩んで、なのにびっくりするくらいに心臓はばくばくと暴れている。心と心臓は別物ってことなのか、それともしっかり連動してるってことなのか。
 とにかくあんたの匂いを嗅ぐだけで、胸が痛くて堪らなかった。

「珍しいな」
「何が」
「髪」

 外から戻ったばかりとは思えない、あたたかい掌が髪を撫でる。無造作に。
 そのまま首筋を掴まれて、膝の間にすっぽりと収まった。俺は、小動物じゃねえっつうの。でも、背中に感じるかたい胸が心地いい。

「どうした、それ」
「は?ああ。紙で」

 答え終える前に、ぬるり、指先を飲み込まれている。ちいさな切り傷が、じくじく。そのもっと奥の方では、ざわざわと血がさわぐ。
 あんたのたったそれだけで、さっきまでくすぶっていたイライラも疎外感も、あっさり消える。
 会えたから、それでいいと。放っておかれたことなんて、もうどうでもいい。たくさんの想いも言葉も、のみこんで、たったひとことだけ、伝えられれば。





嘘と匂いと切り傷と
誕生日おめでとう、アスマ。

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2009.10.18 アスマ☆はぴば!!!!!
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