ざわざわとした喧騒の中で、俺じゃない誰かに向けられた顔。斜め前に座るアスマが、あんまり無邪気に笑うから。だから、手を伸ばしたくなった。
髭の向こう側でゆるむ口元。吐き出される濃い煙りは、ここまで届かない。
触れることには、本当に理由が必要なんだろうか。
ここがどこで、周りに誰がいるとか、どう思われるとか、そんなことはどうでも良くて。アスマの頬に触れること。今のシカマルにとって、それが最も大切なことに思えた。
触れたい、ダメだ。でもやっぱり。
何か、理由があればいいのに。あおったビールの泡が髭に付着する、とか。食べかけの蛍烏賊の酢味噌が、口の端にこぼれる、とか。何でもいい。
本当は伸ばした手じゃなくて、頬を擦り寄せたい。だってあんたの頬の感触を味わうのには、それが一等たしかだから。
触れたい、ふれたい、フレタイ。
混乱する。やわらかく緩んだ表情に。アスマの瞳に映る他人に。
んな顔、誰にでも見せんなよ。
何度か身体を重ねた位で、一人の人間が誰かの所有物になるなんて、本気で思っている訳じゃないけれど。
ゆるりと歪んだ唇は、本当に今朝オレに触れていたそれなのか。確かめたい、だからあんたに触れなくちゃ、と思った。酔ってるのかもしれない。
低い声が聞こえる。
聴覚は確かにその響きを受け取っているのに、会話の中身はさっぱり頭に入らない。
「……だよなあ、シカマル」
「へ?」
名前を呼ばれたことは分かった。あんたの声帯を通って空中を漂うオレの名は、なんて情熱的に聞こえるんだろう。
アルコールで、聴覚も麻痺したのかも。思いながら、目の前の酒を一気に呷った。
じわじわと脳細胞がおかしくなって、思考はぼやけている。
腹の底をもどかしく擦るようなこの熱はなんだろう。ごとり、音を立てて空のジョッキをおろす。
「…なに?」
「って、お前。大丈夫か」
心配そうな目で、アスマがシカマルを見つめている。
「なにが」
「何がって…目、据わってる」
あんたがそんな顔、見せるから。全部、あんたのせい。
だから始めたくなかったんだ。
でも、酔ってる訳じゃない。じりじりと身体の中を焦がす熱に、ちょっとあてられただけ。
「酔ってなんかねえよ」
「ああ。でも、」
帰るぞ。と肩に担がれて、視界が踊った。
在るということ
お前のそんな顔、誰にも見せたくないとか思うじゃないか- - - - - - - - - -
2009.06.28 mims