「シカちゃんって、案外純粋なのな」
「なにバカなこと言ってんだよ」
キバの台詞は、いつも独特の直感に基づいて吐き出されるから、侮れないことをシカマルは知っている。
何を根拠に告げる言葉なのかは、疲れた脳では推し量れないけれど。
きっとお得意の野性の勘とやらで、俺から無防備にあふれている何かを嗅ぎ取っているのに違いない。
「だってさァ」
あれだろ?好き過ぎて手も出せねえって、そういう事じゃねえの?
ニヤニヤと表情を崩すキバに、いくら腹を立てた所で、仕方ないし。確かに言われていることには心当たりがあるだけに強く出れない。悔しいけど。
任務を終えて里に早く帰りたいと思うのは何故なのかって、そんな話だったはずだ。俺たちがさっきまでしていたのは。
それがどうしてこんな流れになっているのか、もう俺には分からない。
さっさと帰って、早く疲れを癒したいからじゃねえの。そう答えた俺は間違っていたんだろうかと、シカマルは首を捻る。
癒されるような存在が里にはあるっつうこと?なんてキバの問いに、答えを濁したせいなのか。
好き過ぎて手を出せない、か。そうだ。その通りだけど、それの何が悪い。
届く場所にあるのに、どうしても手を伸ばせない。だって、理由がないから。
手を伸ばして、失うのが怖いから。
「ちげぇよ、バカ」
「ほら、やっぱり図星じゃん」
相変わらずくつくつと笑う顔にムカついて、後ろから背中を蹴り飛ばしたくなる。
里までのあと僅かな距離がもどかしくて。太陽は目に刺さり、痛いほど眩しかった。
「なにが図星なんだよ。勝手なこと言うなっつうの」
「いやいやいや、図星だって。シカちゃんが“バカ”を連呼する時っつうのは」
だいたい照れてる時なんですー。
くそ。んなこと言われたら、マジで顔赤くなりそうだ。キバのこういう鋭さって、やっぱりムカつく。言葉を続けるほどに、墓穴を掘るだけの気がする。だったら開き直った方がマシなんだろうか。
「わりぃかよ」
「あ。認めるんだ?」
心の一番奥にしまい込んだモノは、ふとしたきっかけであっという間に表面に躍り出て来る。何の予告もなく。
「るせぇ。しょうがねえだろ」
「そんなに高嶺の華な訳?」
「さあな」
高嶺の花っつうガラじゃねえけどな。ただの熊みてぇなオッサンだし。いつもヤニ臭い息吐き出してて、可愛くねえし。声は低いし、身体はデカいし。
でも、どうしようもなく愛おしくて。
「いいなァ」
「何がだよ」
「今のシカちゃん、すげえイイ顔」
そんなにその人のこと好きなんだ。愛おしくて堪んねえって表情してる。
は?俺、いまどんな顔してんだろ。
太陽は相変わらず眩しくて。吹き抜ける風のぬるさに、胸が痛い。早くあの顔が見たい、と思った。
「俺もそんな恋、してぇ」
「バーカ」
「羨ましい…マジで」
「さっさとテメェもみつければ」
「うわ、何だそれ。その上からな発言!すげえムカつくんだけど」
「でもさ。後悔したくねえだろ」
ぽろりと漏れたのは、本音。
後悔は、したくない。じゃあ、後悔しないのか…このままで。分からない、わからない。
本当は浅ましいけれど、この手を伸ばして。欲しいものをほしいだけ掴んでしまいたいのに。吐き出して、受け入れて、触れて。
「そう…だよな」
俺たちには、明日が待っているかどうか分からないから。明日も笑って会える保証なんてないから。
「かといって、簡単に先には進めねえんだけどな」
「言えてる」
死を意識した人間が最も純愛に近くて、色んな煩悩を取り払って優しい感情を相手に向けられるモンだと、誰かが言っていた。
もしもその感覚が確かなら、忍びである俺たちはまさにその渦中にいる。
だから。
先に進めないまま、立ち止まる俺。純粋なんて綺麗事。情けねえけど、それが事実。
pure love でも本当は、怖がりなだけ――2009.07.20 mims