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 繋がる。ってのはどういうことだろう。
 さっきからずっと、そればかり考えている。つながる、つながりあう、つなげる、つなぎめ、つなぐ。つながりたい。つながれば、また、心をずるずると引き摺られるのだと分かっているのに。

 深夜の受付所はあたりまえだけど、人気がない。しずかで、くらくて。音がないから騒ぐ心と、吸い込まれそうな闇。
 煩わしい喧騒も遠退くかわりに、どこか妙に物寂しい。ざわざわと心がゆれる。物さびしい。それを口寂しさと取り違えたくなるのは、いつからか身についた条件反射のせい。煙草が吸いたい、と思う。いつもここにいれば。こんな時間には。
 隣には、いつになく静かなコテツがいた。この人は、不思議な人だ。賑やかにみえて、こうして誰かが自分の世界にこもっている時には息をひそめたようにひっそりしている。
 なのに、ちょうどいいタイミングで、ちょうどいい言葉をかけたりする。

「どうした、シカマル」
「いや。ちょっと」

 自分たちのいるわずかな空間だけが、安っぽい明りにてらされている。しらじらしい裸の蛍光灯。そのまわりをとりまくのは、だんだんグラデーションを濃くしていく黒。手を伸ばせば、指先がみえなくなる。闇にとけたように。
 さびしい。物さびしい。口さびしい。煙草。

「行ってきていいぞ」
 煙草、だろ?

 ポケットから取り出したパッケージをするりと目の前に滑らせる。持ってないんならこれを吸え。そういうことだろうか。

「センパイ、先どうぞ」

 そういえば、この人も喫煙者だった。こんな風に心を覗かれるのはめんどくせえから、ひとりになりたい、と思う。
 物寂しさをまぎらわすために、言葉を交わそうとは思わないふたり。深夜の受付所はいつもとは違う空気が流れる。さっさとどこかへ行ってくれればいい。喫煙所でも、廊下の窓をあけてでも、どこへでも。

「じゃ、お言葉に甘えて」
「ごゆっくり」

 まだ中毒になるほどやられてもいなければ、好きなワケでもない。俺のは、ただの惰性。喫煙者の何割かが、同じ理由で肺を汚している。たぶん。
 未成年者の喫煙が禁じられている理由は、きっとそんなところにあるんだ。ガキは惰性に流されて、それを大人になったことと勘違いするから。大人の煙草はきっと、もっとにがい。
 コテツの吸うそれも、俺のよりにがいんだろうか。

 すでにパッケージから取り出された煙草が、形の良い指に挟まれている。後ろ手をあげて立ち去る彼には、独特の空気がまとわりついているように見えた。不用意に立ち入らせない、人を寄せ付けない、なのに人懐っこい空気。 
 ツンツンの髪はやがて闇と同化する。事務官の制服もだんだん色を濃くして、滲んでゆく背中。
 ぽつん。
 取り残された受付は、しずかで、くらい。


 ◆


 命令に刃向かいたくなるのは、きっと自分がまだ大人になりきれていないから。
 反抗期なんていうめんどくせえモンとは、一生無縁だと思っていたのに。だって、抵抗をすればするほど、それに見合った負荷が自分にかかってくるものだから。自分で自分の苦労を増やすようなもんだ。ばかばかしい。

「やめておけ」

 薄暗い廊下。よく知るチャクラを感じたのとほぼ同時に、離れた所から伝わる声。その波長には、素直になれそうもない。なぜかこの人の声には、はむかいたくなる。昔から。どういう思考を辿っているのか、自分でも分からないけれど。
 アスマの声は、なんでも言う事をきいてしまいそうな響きだから。それくらい低く腹の底に沁み込んで来るから。理不尽なことでも言うなりになってしまう。まるで催眠術かと取り違えそうになる。お前いますぐここで脱げと言われれば、何も考えずに袖を抜いてしまうくらいに。泣けよと言われれば、涙があふれるくらいに。ぐずぐずと、身体の芯をゆさぶる響き。

「ガキにはまだ早ェだろ。それとも、」
 俺の真似でもしてえのか?

 ちがうちがう。それはあんたの自惚れだ。俺のはただの惰性で、夜があんまりしずかでさびしいからついそんな気分になっただけ。たぶん。
 今行っている行為を、止めなければならない理由は思いつかない。だから返事をするのも億劫だ。かと言って、続ける理由も浮かばない。でも。ここで止めてしまったら、アスマの言うことを素直に聞いたみたいだからぜったいやめねえけど。意地でも吸い続けてやる。
 ひときわ深く肺に煙を吸い込んでは、ゆっくりと吐き出した。

「つっても、お前はそんな簡単に言うことを聞くようなタマじゃねえか」

 わかってんなら言うなよ、と思う。指に挟んだままの小さな物体からは、かすかに青みを帯びた煙りが立ちのぼる。
 ふわふわと空気になじんで黒の中に消えていく淡い白。きれい、だ。

「で、あんたはこんな時間に何してんすか」
「ここはどこですか?シカマルくん」
「喫煙所っすけど」
「だったら、俺がここで何しようとしてるのか」
「はいはい、分かった。黙れ、もう」

 ふ。アスマが低く息を漏らす。たぶん髭の向こう側で唇はゆるやかに弧を描いている。
 シュボ。渇いた音、ひろがるオイルの香りに混じって、俺のよりももっとずっと濃いくすぶり。あんたの吸う煙は、コテツさんのよりも数段苦い、のか?

 窓枠に肘をつく。並んで。あいた窓から揃って息を吐き出せば、空中で絡まる煙と煙。夜はあいかわらず、しずかでくらい。
 こんな沈黙が、このさきずっと続けばいいのに――




 ワイヤレス

 つながるって案外単純なのかも



2009.08.17 mims
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