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 人生には意味などない。そんなことを言いきれるほど大人でも厭世論者でもなかった。


あるものねだ



「で。どーなんだよ、シカちゃんは」
「どうって、なにが」
「とぼけても無駄」

 何をすき好んで休みの日までキバと一緒にいるんだろう。まるで自分の部屋のように寛いだ表情でベッドを占領する来客に追い出されて、つめたい床に腰をおろす。ここは俺の部屋で、それは俺のベッドだっつうのにこいつはなんで。まあいいけど。
 シカマルは、寝転んで雑誌をめくるキバを忌ま忌ましげに一瞥する。しかも、こいつが振ってきたのは今一番触れられたくない話だ。たぶん。意識の数割しか耳を傾けていなかったけれど、間違いない。ますます忌ま忌ましい。
 いのもサクラもキバもなにが面白くてそんな話ばっかりしてるんだろう。自分のなかの感情を誰かに話したところで事態が変わるわけでもないし。恋だとか、好きだとか、そういうモンは、自分のなかにひそやかに秘めていればいいのに。
 他人に話すことには興味をもてないから、とぼけたくもなる。と言うよりも俺の場合はとぼけることしか出来ない。真面目に話せば頭から否定するようなヤツらじゃないとわかっているけど、うまく説明する自信がないから。

「無駄っていわれてもなあ」
「往生際わりーな。好きなヤツいるってのは分かってんだから」
「……」
「それとも俺がライバルかもって牽制してんの?」
「そんなんじゃねえって」
「じゃあ話せよ」
「つうか、お前はどうなんだよ」

 え、俺?聞きたい、そーか。聞きてえんだ、シカマルも。いや、参ったな。あのさー…。堰を切ったように話し始めたキバに、呆気にとられた。
 なんだ、結局は自分の話を聞いて欲しかったっつうことか。だったら最初からそう言えっての。無駄に悩んで損した。

「で?どうすんだよ」
「どうするって、どうしたらイイと思う?シカちゃん賢いんだからこういう時どうするのが有効か、とか分かんだろ?」
「さあ、なあ」

 こと恋愛に関して言えば、俺もお前もたいして経験値に差はないし、書物から得られる知識なんて対人関係においてはたいして役にも立たない。

「キバはどうしてえんだよ」
「お、俺?俺はやっぱりそりゃあ、ほら、アレだよ。まずは告白して」
「ああ」
「そんでお付き合いして。それからは、思春期の健全な男子的なイロイロ…とか。でもでも」

 上擦った声は、深刻な相談を持ち掛けるヒト特有の薄暗さに欠けている。むしろ楽しげだ。キバはきっと背中を押して欲しいだけなんだと思った。誰かの背中を押せるだけの力が自分にあるなんて思うのは自意識過剰だけど。
 まだごにょごにょと言葉を続けているキバの顔は気持ち悪いくらいに緩んでいる。その気持ち悪さを隠そうともしないところが、羨ましい。

「バーカ」
「なにが?」
「どうせ、どうしたいかなんてもう決まってるくせに」
「…!?」
「お前が思うようにすればいいだろ」
「やっぱり?俺もそうだと思ってたんだよなー!うんうん。まじで」

 善は急げっていうし、俺行ってくるわ。じゃあなシカマル、お前も頑張れよ。まるで風のように慌ただしく出て行くキバにそっとため息を送って。まだ生ぬるい温度を残したベッドに寝転がる。
 おおきなお世話だっつうの。残された雑誌は、あの子に良く似たグラビアのページで開きっ放し。ったく、分かりやすいっつうかなんつうか。幸せなヤツ、キバって。
 無駄に露出の激しい服からのぞく色の白い肌、やわらかそうな胸、恥じらうような笑顔。典型的な可愛い女の子、だ。別に俺だって、こういうのが嫌いな訳じゃない。女の子に触れれば、きっと気持ち良いと思う。触ってみたい、とも思う。
 だけど。
 触られたいのはもっと別の。見ていたいのはもっと別のモノなんだ。
 それっておかしいんだろうか。

 男に生まれて来たから、とか。女に生まれて来ていたら、とか。手の届かないものをねだっても仕方がない。それがどんなに幸せに見えても、手が届かないんだから。
 幸せというのはいつも、遠くはなれたところにあるものだ。昔から。すこし近づいたと思えば、またするりと掌の隙間をすり抜けていく。

「声、聞きてえな…」

 不意に、あんたの声が聞きたいと思った。身体のど真ん中に沁み込むような低い声。
 でもきっと声を聞けば、今度は名前を呼ばれたいと思う。名前を呼ばれたら胸がぎゅっと詰まって、顔を見たくなる。顔を見たら触れたくなる、触れられたくなる。瞳を合わせたまま肌がふれあえば繋がりたくなる。飲み込まれたくなる。溶けてしまいたくなる。きりがない。
 貪欲さはますます膨らむばかりだ。だからいつも、幸せはずっと遠く。
 それとも、そうやって遠くにあるからこそ、それが幸せなんだと思ってしまうんだろうか。どっちが先なんだろう。わからない。

「シカマルー。アスマ先生から電話」
「……いま行く」

 階下から母ちゃんの声。きっとまた将棋の誘いだ。とりあえず、声が聞ける。

 人生に意味がないなんて、怖がりな俺は思えないから、思いたくないから、手の届くものだけ手に入れられればいい。目に見えるモンだけ、眺めていられればいい。


 例えば、盤を睨んで悩むあんたの顔とか。いまは、まだそれだけで。



2009.09.01 mims
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