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 サナギが蝶になるように、簡単に生まれ変われたなら。


するこども



 なんとなく、綺麗なものだと思っていた。醜い虫のカタチから蝶になる瞬間というのは。だから、初めてみた羽化の光景に吐き気がした。
 勝手に期待していた自分が悪いんだけど、あんなに生々しいものだとは思わなかったんだ。
 あまりにグロテスクでぬるぬるとした質感は、予想外のもので。みしみしと奇妙な音を立てながら殻が破れ、ぐちゃりとなかからあらわれるもの。形容する言葉が見つからないもの。
 光に透けて消えそうに真っ白な、ひたすら色のない濡れた羽が出て来たら目を背けたくなった。なのに目をはなせなかった。
 そんな昔のことを思い出す。

 こうして、はじめて抱かれるかんじも、想像していたよりもずっと生々しい。目を反らしたいのに、何も見逃したくないとも思う。

「やっぱり、まだ早かったか」
「んなことねえ…続き、やれよ」

 アスマの重みを全身で感じる。
 ぎちぎちとカラダが軋む。俺が破けて、知らなかった俺になる。知らなかった痛み、知らなかった感触。内臓を引っ掻き回されるような、熱い感覚。知らなかったものが押し寄せてくる。あんたの手、で。

「無理はしなくていいぞ」
「して ねえ…よ、っ」

 自分は何もわかっていなかったのだと思った。すこしくらいは分かっているつもりだ、覚悟だって出来ている。馬鹿にすんな。そうやって減らず口を叩いている間は、なにも分かっていないままなのだ。ちっとも。
 なんでガキ扱いをするんだと反抗したくなることが、何よりもガキの証明で。そんな俺を見ながら、アスマはいつもすこし困ったように笑う。

「なに笑ってんだよ」

 噛み付く。めぐまれた子供だと庇護するような目で見られるのが悔しい。
 熱い指先が、唇を撫でて。
 優しくゆるんだ瞳が、もう止めるかと問い掛ける。はじめなければよかったか、と。
 だけどきっと、あの時。
 アスマの瞳が熱っぽく俺の唇を見つめたあの時。
 どちらを選んだとしても俺は後悔したんだ。拒否すれば、受け入れたらよかったんじゃねえかと思う。受け入れたら、やっぱりやめておけばよかったんじゃないかと思う。だって、今でもまだ迷っているから。
 そんな俺を見ながら、あんたはただ、黙っている。そういうところが俺とあんたの差。余裕の差、だろうか。
 ぐい、腰を引き寄せられる。アスマの指の感触が肌に食い込む。痛いくらいに。

「わりーな、優しくできなくて」

 その言葉の背景に、優しくしたいというアスマの意志があるのなら、どんなに乱暴に扱われたとしてもやっぱり優しいんだと思う。
 誰かとこんな風に肌を重ねるのははじめてだ。女も、男も。だからなにが優しくてなにが優しくないのか、俺にはわからない。

「わりぃ。もっと優しくするつもりだったのになァ」

 さっきまで黙っていたくせに簡単に謝るのは狡い。謝るくせにうごきを止めないのは狡い。
 そんなふうにされたら、俺はなにも考えられなくなるから。
 優しくできなくてと悩むアスマは、たとえようもなく優しい表情をしている。そんな顔を出来るくらいなんだから充分優しいんじゃねえの。頭ではそう思うのに、言葉にしようとすれば、声帯で音は吐息に変換される。
 喋れない。気持ち良い。あつい。とける。
 やっぱり、ぐちゃぐちゃだ。羽化する瞬間の蛹みたいに。生まれ変わるってこんなかんじだろうか。
 蝶になりたかったわけじゃなくて、あの時どっちを選んでも後悔しただろう俺は、たとえ蝶になったとしても今度は別のものに生まれ変わりたいと望むのだきっと。だから生まれ変わらなくてもいい。ただ、剥がされて撫でられて壊されたい。やさしくて乱暴なあんたの手で。

「シカマル…」

 その声で、頭の中までぐちゃぐちゃになる。


 もう。
 溶けてもいいかな――



2009.09.03 mims
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