だってキミを、

 人間は より強い光に惹かれる生き物だ というけれど、光はただ強ければそれだけで無条件に肯定されるべきものでもないとボクは思う。
 たとえばカメラのフラッシュのように、あるいは真夏の直射日光のように、まっすぐに向き合えば眼が眩んでしまう。網膜が麻痺してなにも見えなくなる。見たいものも、見たくないものも。
 だから、ボクは…――


「いたいた、黒子」
「はい」

 火神くんに呼び止められて、手にした文庫本から目をあげる。太陽を背にした大きな身体が、自分とはぜんぜん違う生き物に見えた。

「またアイツ、お前のこと探してたぞ」
「そうですか」
「そうですか、じゃねえっつの」

 彼女はまた、火神くんに泣きついたのだろうか。ボクはいつでも、見つけられるようにここで待っているというのに。隠れてなんていないのに。なんで「アイツ」なんて馴れ馴れしく扱ってくれているんだろう、彼は。

「なんで火神くんが怒るんですか」
「別に怒ってねえけど、」
「じゃあ放っておいてください」
「でもアイツ可哀想だろ」

 言いながら、整った顔を歪める。なんで火神くんがそんな顔をして彼女を心配するんですか。彼女はボクのカノジョなのに。

「ボクと彼女の問題ですから」
「黒子、お前…」
「なんですか」
「何か怒って、」
「別に怒ってません」

 火神くんの言葉を遮って、本を手にしたまま彼に背をむける。怒っていない、怒ってはいないけれど、すこしイライラするだけだ。
 ほんの、すこしだけ。

「火神くん、いい加減に黙ってください。読書の邪魔です」
「わりぃ」

 きっとまた、彼女のところへ向かうのだろう。背後で舌打ちして、教室を出ていく火神くんの気配はひどく存在感があって、それが無性に腹立たしかった。

 彼女はボクを見つけられないことが多い。涙目になっては、僕の名前を呼んで探している。別に隠れている訳ではない。意図的に気配を消しているつもりもない。

 うそだ。
 いまボクは嘘をついた。

 ボクのことを、感情の起伏に乏しい人間だと思っている人も多いようだけど、そんなの嘘だ。ただちょっと、人より感情を隠すのがうまいだけ。ほんのすこしさめて見えるだけ。ボクだって普通に感情を持っている。
 どこにいても簡単に見つけられる、そんな光のような存在に憧れないなんて嘘だ。だけど、分相応ってあるじゃないですか。身の程知らずな欲望は持たない主義なんです。


「黒子くーん」

 とおくで彼女の声が聞こえる。ボクを呼ぶ声。聞こえるけれど、ボクは反応しない。まだ反応してあげない。
 イライラしていたから。
 彼女と火神くんの距離に、神経を逆さまからなで上げられるような気がするから。

 ボクの名前を呼ぶ彼女の声は、だんだん必死さを増して、時を追うごとに切羽詰まるから。縋るようなその声が聞きたくて、わざと気づかないふりをする。ことがある。
 今日みたいにいらついた日にはとくに。

「…黒子くん、」

 もっと、ボクの名前を呼べばいい。
 もっともっと、切迫すればいい。

「黒子くん」

 ボクを求めて、もとめて、渇いた心が泣きはじめるような声を出せばいい。

「どこ、黒子くん」

 ほら、その声。
 ぱたぱたと廊下を走る足音が近づいてくる。もうすぐ。もう少し。彼女が泣きそうな声で、泣きそうな顔を見せるまであと数十秒。

「黒子 く、」

 扉がひらく。
 背中に視線を感じるけれど、ボクは本から目を上げない。さっきから文字なんて一つも頭に入ってこないのに、無意味な字面を追い続ける。

「…くろこ、くん」
「……」

 声が、湿度を増す。
 もっと。
 しずかに足音が近づく。彼女の立った側から、ふうわりと風にのっていい匂いがとどく。背中に全神経を集中する。

「 くろ、こ く」
「はい」
「……」

 やっと気付いたふりをして冷静な声を出す。
 わざとらしく緩慢にしおりを挟んで、ぱたり、本を閉じた。

「本に集中してて気付きませんでした」

 すみません、と言いつつじれったさを抑えて できるかぎりゆっくりとしたモーションで振り返れば、彼女はいまにも崩壊寸前。

 予想よりずっと潤んだ、可愛い顔がそこにあった。

「なんでいつも返事してくれないの」
「本を、」
「うそだ」


 やっぱり
 その顔がいちばん可愛い――


だってキミを泣かせたかった。
あんまり火神くんに なつかないでください。

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2012.07.26
黒子くんは腹黒いと良い。
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