天然男子にご用心

 時間は誰にとっても等しく流れている、なんてのはただの思い込みで、時間という概念そのものが便宜上勝手に定義されただけの実態のないものなのだ。私がこうして悩んで悩んで頭をかかえて苦しんでいる時間も、彼にとってはお気に入りの本を数ページ読み進められた、とか、その程度のもの。
 彼にとっての時間と私にとっての時間はちがう。たぶん、彼は私とはぜんぜん別の次元で生きている。


「火神、聞いてよ」

 半泣きの顔で近寄った私を見て、彼は心から面倒くさそうにためいきをついた。私も逆の立場なら同じ反応をするに違いないから、文句は言わない。

「またかよ」
「またかって、なに」
「どうせ黒子だろ」
「そうだけど」
「いい加減諦めろ」
「むり。絶対むり」

 諦められるくらいならとっくに諦めてるに決まってるでしょうこんな不毛な片想い、しんどいだけだよ。と言ってうつむけば、火神はむだに大きなてのひらで乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でるから。ちょっと泣きたくなった。

「で、」
「聞いてくれるの?」
「しゃーねえだろ」

 そう言って彼は困ったように笑った。何だかんだ言って火神はやさしい。
 私、火神に惚れればよかったのかもしれないなあ。あんな掴み所のない黒子くんじゃなくて。そうすればもう少し、もう少しは、しあわせになれたのかもしれない。なんて可能性の話をしても感情が変えられる訳じゃないのは分かりきっている。仕方ない。どうしたって私は黒子くんが好きなのだ。

「はやく言え」
「うん」

 ぽんぽん、と髪を乱して去っていく火神のてのひらを眼で追う。あったかい手。

「今朝頑張って超早起きしてね、スペシャル愛情弁当作ってみたんだよ。黒子くんの分。気合入れて彩りも栄養もバッチリのやつ。たぶん味も言うことないと思う。自信作。なのに、さっき渡そうとしたら、ボク昼間はあんまり食欲ありませんからってサラッと断られた」
「俺が食う」
「あとで持ってくる」
「それだけか」
「まさか」
「なに」
「キミはほんとに火神君が好きなんですねえ、って能天気な顔で。試合のたびに黒子くんだけにラブラブ光線飛ばしてるの分かんないのかな」
「試合中は試合に集中してっからな」
「それにしても、私が火神に惚れるとかあり得ないのに、ね」
「俺に同意を求めんな」
「なんで」
「失礼だろ」
「だってほんとだし」

 うそ。きっと黒子くんに出会わなければ私はこいつに惚れてた。言わないけど。
 苦虫噛み潰したみたいな顔の火神に、さらに言葉を続ける。一番聞いてほしかった話。

 10分ほど前のこと。黒子くんにお弁当を断られてとぼとぼ歩いていたら、突然校庭を吹き抜けた風でふわっとスカートが持ち上がった。後ろにいる彼を気にして、慌ててお尻を押さえるとおそるおそる振り返る。

「黒子くん、見た?」
「何をですか」

 いかにも声をかけられてたった今顔をあげました、という表情で黒子くんが文庫本から目をはなす。
 ああよかった。見られてはいなかったらしい。ほっとして前に向きなおったら、後ろからちいさな声が聞こえた。

「白か…」
「え」

 それっきりまた手元の文庫本に集中してる姿に腹が立って、なにそれ見えてるんじゃない。しっかり見たんじゃない、黒子くんのばか。みるな。見えたんならもっと反応してよ、ってどこかで思いながら背中をばしばしと叩く。

「ってことがあった」
「あー…」

 とりあえず、弁当くれ。という火神の頭を背伸びしてペシンと叩くと、教室へ向かった。


 昼休みの教室で、黒子くんはあいかわらず文庫本にむかっていた。いっそ私も本になりたいよ、前にはバスケットボールになりたいって思ったこともあるけどあれは取り消し。だっていつも一瞬しか黒子くんに触れてもらえないし。そんなのやだ。本になれば、黒子くんにずっと見ていて貰えるし、四六時中触ってもらえるから。

「どうかしました?」

 不意に声をかけられてびっくりしたけど、それくらいじっと彼を見つめていたらしい。

「別に」
「そうですか」

 たったそれだけのやり取りが嬉しくて、さっき腹が立ったことなんてすぐに忘れてる。

「黒子くん、」
「はい?」
「さっきはごめんなさい」
「めっちゃ痛かったです」
「反省、してます」

 うつむいたら、黒子くんがふっ、と笑った。

「なに」
「キミのそういう所、可愛いですよね」
「!!?」
「ボクはけっこう好きですよ」

 普段あんなにアピールしまくっているのはスルーなくせに、不意打ちで何気なくそんなことを言ってのけるから、心臓がいたくて、いたくて、私はどうすればいいんだろう。黒子くんにはそんなつもりないってわかってるのに。
 嬉しくて泣きそうだ。

 どうしようもなくなって、お弁当をひっつかむと屋上までダッシュする。階段をかけあがって、鉄の扉の前で一息。
 びっくりした。
 まだ胸がどきどきしている。
 私の欲しい好きとは次元がぜんぜん違うに決まっているのに、好きと言われればやっぱりこんなにも嬉しい。たぶん私いま、顔が赤い。
 1人で舞い上がって、テンパって、ばかみたいだなあ。泣いとくか。

「ほんと、ばかみたい」
「なにがですか」
「わ!」

 気がつけばすぐ後ろに黒子くんが立っていた。さっきまで、たしかに教室で本を読んでいたのに。なにこれ瞬間移動?私ダッシュでここまできたのに、いつの間に。
 やっぱり私と黒子くんでは、流れている時間が違うんだ。この人、私とは別の次元で生きてるんだ。
 びっくりして見上げれば、至近距離には無表情の彼。伏し目がちな瞳を縁取る睫毛が長いなあ、とか、やっぱりこの顔好きだなあ、とか思っていたら黒子くんの顔がさらに近づいた。

「あ、」
「なに」
「いえ、何でもないです」

 そう言いながら、彼の指がそっと目蓋の縁をたどるから、また心臓がいたくて、いたくて、どうすればいいのか分からない。

「ほんとに?」
「嘘です」
「おい」
「すいません」
「言ってよ」
「言えません」
「なんで」

 なんで、どうして、黒子くんはこんなにやさしい顔で私を見下ろしているんだろう。どうしてこんなにやさしく私に触れるんだろう。
 こんなの、まるで、
 まるで…――


「いま、キミのこと好きだなあって思ったとか、恥ずかしくて言えないじゃないですか」
「え」

 まっすぐ見つめる黒子くんと視線が絡んでほどけない。色素のうすい、透明な目。
 どうしよう。息がとまりそうだ。

「あ」
「……」
「言っちゃいました」



(お前らなにやってんの by火神)

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2012.06.21
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