アンストッパブル!

 やさしく触れようと慣れない仕草をするから、青峰の指はふるえていて。身長差のある身体を折り曲げるように重なれば、彼女の瞳は潤んだ。

「そこ…ちが、」
「っ」

 目の縁をほんのり上気させて涙目の彼女の顔が、俺の真下にある。しっとりと滲んだ汗で頬に張りついた髪をひと束指に絡めたら、そのまま溶けてしまいそうな眼が俺を見上げた。
 なんなんだその表情は。俺を殺す気か。青峰は心の中で呟く。

 いつだって、こいつは可愛い。いつだって。
 可愛いけれど、今日みたいに噛み殺して飲み込んでしまいたくなるくらい可愛い姿はみたことがないから、濃い情動が背筋をぞくぞくと這い上がる。コントロール不能。眉間にシワを寄せて深呼吸してみても、せり上がる思いは薄れそうにもないから、青峰はそっとためいきをもらした。

「青峰くん」

 俺の名をただ呼ぶ声すら、うっとりとほどけて滲んでいる。そんな声を聞かされたら、ますますたまらなくなる。はやく。はやく繋がりたいと、焦れた欲望でびりびりと身体の内側が痺れている。衝動に任せて腰をグラインドさせれば、ベッドがやけに大きく軋んだ。

「痛、い 青峰く」
「わり」
「もっと 下」

 切れ切れの声がそう告げる。もっと、下。
 もっと下とかなんで知ってんだよ、お前。もしかしてもう、誰かのモンになったことあんのか。んな話、聞いてねーぞ。
 ずいぶん怖い表情をしていたのだろう。彼女が首を傾げた。

「青峰くんどうしたの」
「べつに」

 もやもやと込み上げる想いを隠して、身体をずらす。汗ばんだ肌同士が擦れて、どうしようもない熱の塊が腹の底で膨らんで弾けそうで。ぶつけるように乱暴に腰を押しだしたら、やわらかい皮膚に阻まれた。

「も すこし 内側」
「……」

 なあ、なんでお前知ってんの。なんで、入んねえんだよ 身長差のせいなのか。それとも俺って。もしかして。下手…――?
 焦ることなど滅多にないのに、卑屈な考えに焦る。焦れば焦るほど、どうやっても上手くいかなくて。

「落ち着いて」
「つってもな、」
「私は逃げないから」
「逃がすかよ」

 熱を帯びた身体を持て余しながら、細い両肩を押さえつける。
 もっと下で、もう少し内側。ぶつぶつと唱えながらポジションを確認する青峰のこめかみを汗がすうっと伝った。
 また、眉間にしわが寄っている。早く、繋がりたいのに、つぎにまた失敗したらどうすりゃいいんだ、なんて珍しく弱気なことばかり思い浮かんで余裕をなくしていたら、そんな青峰とは対照的に彼女が笑った。
 ふ、と耳をなでるやわらかい破裂音が心地いいのに、心許ない。

「んだよ、それ」
「え?」
「なんで笑ってんだ」
「ううん、何でもない」
「言えよ」
「怒らない?」
「さあな」
「じゃあ、言わない」

 悔しさと焦りで彼女の鼻先をぴん、と弾く。
 いくら笑われても、簡単に「興が醒めた」なんて投げ出せない。だってもう少し、なのだ。かと言って、さっきの彼女の笑いを、このままスルーすることも出来そうになかった。俺はまだ、大人じゃないから。彼女の一挙一動が気になって仕方ないから。

「頼むから、言え」

 喉の奥から搾り出した声は、ばかみたいに震えている。
 彼女の指先が、いま頼りない声を吐き出したばかりのくちびるをそっと撫でて、焦りと情動のごちゃまぜになった俺は、その指先を口に含んだ。ざらつく舌で細い指を丹念にたどれば、彼女の表情がまたすこしほどける。このまま全部食べつくしたいと思った。


「コートでは、ね」
「ああ」

 指をくわえたままの、くぐもった返事。じゅ、る、あふれる唾液を飲み下す。目線を合わせれば、彼女の頬がほんのり上気した。

「いつも、ありえないくらい上手に 入れるのに、」
「………」

 こういう場面では入れらんねぇ、ってか。言うな、もう。
 吸われる指がくすぐったいと身を捩る彼女を、力まかせに押さえつける。痛そうにひそめた眉根がいやらしい。そんな表情にすらあおられているのに、彼女のほうは冷静なままで、それが悔しい。

「つねに傲慢で自信家な青峰くんらしくないな、って思ったらおかしくて」

 そう言いながら彼女がまた笑う。
 んなことは自分が一番良く分かってる。だけど、初めてで、しかも相手は惚れて惚れてどうしたらいいか分からないくらい惚れているお前で。そんなお前がきょうはいつもに増してかわいく見えて仕方がなくて。焦って失敗してまた焦って、焦った末に相手とやっと繋がれるって場面で、どうすれば自信家のままでいられるというんだろう。どう考えても無理だ。
 妄想の中ではいつも、あんなにうまく、繋がれるのに。妄想のなかではいつも、簡単に俺に組みしかれ征服されて啼いているくせに。
 思った瞬間、彼女がやわらかく眦を下げる。その顔がいとおしくて、いとおしすぎて吐き気がした。
 やっぱり余裕がねえのは俺だけか。

「笑うな」
「ごめん」

 謝る彼女に、噛みつくようなキスをする。
 抱きしめたまま肌をたどれば、彼女の息が上がる。呼吸が乱れている。
 その呼吸みたいに、もっと彼女が乱れてくれればいい。

「だって、青峰くん は、なんで も 上手いのかと思ってたから」
「んな訳ねーよ」
「ボールハンドリングもドリブルも」
「っ、」
「シュートも、全部 魔法みたいだから」

 お前を攻略するよりも、バスケの方がずっとたやすい。キスの合間に挟まれる、か細い声を聞きながら、たどり着いた粘膜は、まだ潤んでいる。

「才能がすさまじすぎて、練習すらしない んでしょう?」
「まあ、な」
「私に触れる、その触れかたも。魔法 みたいで」

 吐息の混ざる声で、そんなことを言われたら、じわじわと自信を取り戻す。我ながら単純だけど。

「心、を直接なでられてる みたいにやさしくて気持ちよくて、嬉しくて」
「……」
「だから、」

 視線の端でゆれる胸を、まあるく包み込む。てのひらの内側で、どくり、どくりと心臓が脈打っている。

「だから、無理して焦って繋がらなくても いいよ」

 ばーか。そんなワケにいくか。
 だって、俺が もう、我慢できない。

 目と目をまっすぐ合わせたまま、粘膜同士をすりあわせて。無言で半身をつき出せば、やっと浅く繋がった。こんどこそ。

「入った?」
「ん」

 痛そうに歪む表情を見下ろして、またすこしだけ自信を取り戻す。ぎちぎちと音がしそうなほど絡み付く彼女の熱。頬を伝う雫を、舌先で掬い上げる。

「練習足りねーんだわ、きっと」
「え、」
「つーことで、責任もってお前が練習付き合え」
「っ、 あ、」

 きつい締め付けに心ごと全部持ってかれそうになりながら、彼女を見下ろして。

「お前を壊しちまわねーように せいぜい気ーつけるわ」

 鎖骨のくぼみにそっと、そっと這わせた指がまたふるえた。


アンスト
止まらなくなったのはお前のせい。

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2012.08.11
性少年をへたに刺激したらえらい目にあうってこと。
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