世界で一番あまいアイスクリーム

「いらっしゃいませ〜」

 ひびくあの声はカカシさん。
 相変わらず甘ったるい声と、創りモノみたいに完璧な笑顔。甘ったるすぎて、歯が浮きそう。

 ミネラルウォーターの入ったグラスは、すごく口当たりが良い。
 多分、バカラ。たかがサービスのお水に、なんて贅沢なんだろ。

 ただの水だと分かっていても、しあわせな気分になれるのは、唇にふれるガラスの感触と、光を反射する薄膜のせい。

 運んできたのは、腐れ縁の男友達で。
 そんな彼も、やっぱり格好が変わると見違える。


 ほかの客に聞こえないようにそっと距離を詰めて、ちいさな声でいつもの挨拶。


「よっ、お疲れさん」
「おっす、シカ…相変わらず忙しそうだね」
「一昨日に比べりゃそうでもねぇぜ」
「七夕だったから」

 他愛ない会話の合間に目を泳がせて探すのは、眼鏡の奥から冷たい光を放つ彼。

 背筋を伸ばし、さり気なく周囲に払う視線のなかに、私も映ってる?



「今日もいつもの、ちょうだい」
「へいへい」
「なにその返事」
「別に。お前、甘いモン得意じゃねぇくせに良く飽きもせずに通うよなァと思って」


 だって、目的は甘いモノじゃないし。
 それに。
 それを言うなら、シカマルもでしょ。


「シカだって甘いモノ苦手なのにここで働いてるじゃない」
「通うのと働くのじゃ、全然別だっつうの」
「まあね」
「それから、」

 今日はもう、先にオーダー聞いてんぜ。
 言葉を続けたシカマルに訳を問い返そうとしたら、屈めていた腰を起こしながら、口端を歪めてかすかに笑う顔。

 なにその表情。
 先にオーダーって、なに。誰から。


「畏まりました、ただ今担当の者に声をかけて参ります」
「は?」

 さっと踵を返す広い背中に、心のなかで疑問符を投げ付けた。

 畏まりました?私、何にもオーダーしてないし。
 それに、担当者って何のこと。
 ちゃんと説明してくれないと、全然わからないんだけど。



 去って行くシカマルから目を離せない。彼が歩み寄る方向に立っていた人を見て、不安を孕んだ期待に胸が裂けそうになる。

 まさか…ね。



 重なり合うふたりの男の影は、なんだかとても綺麗で、まるで絵、みたい。

 ぼーっ、と見惚れていたら眼鏡の彼がすこしずつこちらへ近付いて。


「お待たせいたしました」


 目の前に置かれた高そうなプレートの上には、美味しそうにデコレートされたアイスクリーム。


「グラス(アイスクリーム)と焼き菓子の盛り合わせでございます」


 これから仕上げのデコレートをさせて頂きますので。と付け加えたアオバさんは、右手に持ったブラウンのソースを、そっとバニラの上に垂らす。

 チョコレートソースだろうか。
 どうしよう、甘いのは苦手なのに。


「あの、すくなめでお願いします」
「君にはたっぷりの方がいいんじゃない?」
「でも……」
「俺を信じて、食べてみてよ」


 アオバさんって案外強引なのかな。


「!?甘、くない、美味しい…です」


 ふた口、食べて顔を上げると、思いがけずやさしい表情の彼がいて。
 眼鏡を外したきれいな裸眼が、私の唇をじっと見つめていた。


「エスプレッソソースだからね」


 細く筋張った長い指が伸びて来て、下唇の輪郭をかるく撫でる。


「アオバさん?」





(君の好みなら、しっかり把握済みだよ)
(え?)


(お誕生日おめでとう、この後時間ある?)

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2008.07.09 mims
仁ちゃん、お誕生日おめでとう。
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