作為的エクレール・オ・ショコラ

「え、今日はアオバさんもう仕事あがりなんですか」

 夕闇のカフェの前。
 問いかけの言葉を発しながら、沈んだ表情になる彼女を見て、つい吹き出してしまいそうになるのを必死で堪えた。

 店の入り口のドアノブに手を掛けたまま固まった彼女が、開こうか止めようかと迷っている、心の声まで聞こえてきそうだ。

 そりゃそうだよね。
 だって君は、俺目当てでこの店に来てるんだから。知ってるよ。



「ああ。今日は早上がりなんだ」
「そう、ですか。あの、」

 口ごもる君の、次の言葉だって簡単に予測がついてしまう。
 きっと、ゲンマに聞いたんでしょ。あいつもお節介というか、なんと言うか。
 ま、面白がってるってのが理由の大半だろうけどね。

 そして、
 それを知ってて利用している俺の方が、もっと食えないヤツだと思うけど。



「なに」
「ちょっとだけ、お時間頂けませんか」

 そう来ると思ってた。
 ほら、俺がいま手に持ってるケーキの箱。見えない?
 なにが入ってると思う?


「今日は店に寄らないの?」
「……」

 だってアオバさんが居ないんじゃ、行っても意味ないから。
 そう思ってるんだろ。それも知ってる。


「いいよ。じゃ、ちょっと場所移動しようか」
「はい。すぐ、終わりますから」

 そんなに慌てなくても良いって。
 俺が店から出てきたタイミング、あまりにも出来過ぎだと思わない?


「雨、降りそうだな」
「そうですね」
「雨はきらい?」
「いえ。その箱、これからお祝いですか?」

 やっぱり喰いついたね。そう、お祝いだよ。
 でも、今はまだとぼけておこうかな――なんて、俺も意地が悪いよな。


「お祝い?」
「ええ」
「なんの」
「アオバさん、お誕生日おめでとうございます」

 これを今日、どうしてもお渡ししたくて、と彼女のほそい声。
 差し出されたちいさな包みを受け取ろうとして、やめた。

 まだ、ちょっと早い、かな。
 慌てているのは、もしかしたら俺の方かも知れない。


「場所変えるまで、待って」
「え」
「そこで貰うよ」
「でも、お祝いじゃ。どなたかお待ちなんでしょう?」

 不安げに顔を曇らせる姿を見て、無言で腕を取った。


 ちょっと強引過ぎたかな。
 でも、君も満更じゃないよね。頬を染めた姿も、なかなかだよ。


「今日のお祝いの相手は、君」
「あの」
「……さ、どうぞ」
「ここは?」


 カチャリ。

 鍵を回し、開いたドアを片手で押さえると、彼女の手にケーキの箱を委ねる。
 背中をそっと押して、なかへと促しながら、照明のスイッチを押した。


「雨、降らなくて良かった」
「……」

 そんなことよりも理由を説明して欲しい、と言わんばかりの表情。
 君、まだ俺のことを分かってないみたいだね。

 かけた眼鏡をそっと指先で押し上げて、立ち尽くしたままの彼女の肩を抱くと
 俯く君の髪の隙間から見えるちいさな耳に顔を近付けた。




作為的エクレール・オ・ショコラ
(本日のサーヴは俺の部屋で)


(貴女の今、一番欲しいものを用意しておきました)
(……っ!!!)
(エクレール・オ・ショコラ・スペシャル。飲み物は、コーヒーで良いかな?)


fin
2008.09.03 mims

お誕生日のアオバに逆サプライズされちゃう話。
9月3日★アオバはぴば
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