チョコレート熱病患者

 自慢じゃねえが、俺は結構鼻が効くタイプ。
 別に知りたくもねぇ情報まで頭に流れ込んで来るのには、辟易する。

 パティシエのあいつが、毎日ひとつだけ特別仕様のケーキを作る理由。
 ギャルソンのこいつが、ぼんやり夜の窓を見つめる訳。
 いつもはスカしたヤツが、ニヤリと薄く笑む裏でなにを考えているのか。
 キレ者のあいつが、客をこっそりと店内誘導するのは何故なのかも。

 興味の有無に関わらず、分かっちまうんだから始末が悪い。
 それにしても、みんな狭ぇ世界でよく満足出来んな…――



「畏まりました、少々お待ち下さいませ」

 すこし屈んで低い声を放てば、十中八九 お客の目がとろりと滲む。
 適当に流し目と歪んだ笑みを見せて、あしらうのは得意だ。

 オーダーを伝えにバックヤードへ向かうと、パティシエは休憩に出るところ(そういや、あの甘いもん苦手な女―ショコラ・オランジュの君―も来てたっけ)。
 また、外で煙草吸いながら甘いひとときってやつか。青いな。


「いいっスか?」
「おう。俺、やっとくわ」

 めんどくせーけど、デコレートは苦手じゃねぇ。
 プレート取り出してケーキを乗せ、見よう見真似でショコラソースをたらして。

 片手で2枚のプレートを持つと、フラップドアを肩で押した。



「あの、すみません」
「少々お待ちくださいませ」

 細い声で俺を呼び止めたのは、時々一人でやってくる女性客。俺のささやきが通用しない唯一の女。
 別に頑なな訳でも警戒心が強そうでもないのに、なぜか彼女の持つゆるやかな領域には近寄れない。

 簡単に陥落する相手っつうのは興味ねえけど、逆にこういうタイプには興味を惹かれたりするのは、天邪鬼ってヤツなのか、男としての攻撃本能を刺激されるからなのか。


「お待たせいたしました」
「…同じものもう一杯お願いします」

 "畏まりました"と恭しく頭を下げながら、顔を近付ける。

 思い切り甘めの声で囁いてみるけれど、やっぱり彼女は顔色ひとつ変えない。
 典型的な作り笑顔が、ごく自然な調子で浮かぶのみ。

 短いふわふわの髪の下では、大きな瞳が一瞬だけきらりと輝いて。


「カフェモカ、で。チョコレートシロップは」
「ビターで、少なめですね。承知いたしております」

 本の続きを気にしてか、伏し目がちに落とされていた視線が持ち上がって。

「え?」

 つややかな唇が、不思議そうな形に固定される。

 有能なギャルソンってのは、一度聞いた客の好みを覚えてて当然だろ(でも、それだけだろうか)。


「違いましたか?」
「いえ。ありがとう…それでお願いします」

 やけに驚いたように見開かれた双眸が、ゆるり形を変えて。
 あざやかな笑顔に、一瞬で吸い込まれそうになった。




(狭い世界っつうのも悪くねぇかも)

「不知火さん、やっぱ彼女狙いっスかね?」
「ゲンマはああいうタイプに滅法弱いからね」
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2009.01.17 mims
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