こけもものソルベとローズヒップ

酸味の強い苔桃の果実


ジャムやコンポートが一般的な食用方法


それを、敢えてクセの残したソルベにして


しっとりと控えめなローズヒップを添える


甘そうな唇でこれを待つ女性客には、些か不釣り合いな酸味に思えて


オレは少し、トレイの上の、冷えたスイーツに眼を貼り付けていた


大きな窓から降り注ぐ陽射し


春の穏やかな温もりが、あまりにも似合う女性客


流れる栗色の髪、淡い桜を思わせるワンピース


静かに目を伏せて待つ儚げな横顔も


甘く、甘く


鼻を擽る香りさえ、甘美な鐘を響かせる


ますます、手に乗せたソルベが邪魔物に見えて


踏み出す足すら、冷たく、重く感じた


「こけもものソルベとローズヒップです」


愛想がないのは、今に始まったことではない


内に篭る話し方、ぶっきらぼうな身のこなし


残念ながらこれが俺で


接客業に向かないのは承知だが、女性客が驚いてその双眸を揺るがそうと


俺は俺だから仕方がない


『あの、もしかして何度も呼ばれましたか?』


「いいえ、一度しかお呼びしていません」


『そうですか、よかったです。私、よくぼんやりしてて』


そう言って、笑った顔までも甘く弾けたように見えたオレは


自分が呆れるほど重症だと云うことと、トレイから溢れるほどの柔らかな眩暈に


鈍い頭痛を覚えた


『ふふっ、あの、失礼かもしれませんが‥』


「なにか?」


下がろうとした背中を呼び止めて、彼女は小さく笑った


『貴方に苔桃って、なんだかピッタリだと思って』


穏やかに紡がれる言葉と、向けられる爽やかな瞳に縛られながら


彼女の真意に耳を傾ける


『苔桃には冷淡とか、反抗心って花言葉があるんです。


冷たく見えるけど、澄んで綺麗な目をした貴方にピッタリだと思ったんです』


お仕事の邪魔して、ごめんなさい。そう付け足して顔を丸く歪めた彼女に


「そうですか」


とだけ答えて、制服に纏まった堅い背中を向けた


簡単に微笑んで見せたり


容易に話し掛けて来たり


彼女には、俺の抱いている薄暗い劣等感など


分かりはしないだろう


揺さ振られ、脳髄までも蝕まれ、その原因を作った自分の罪深さなど


想像もできないだろう


糖度の高い唇に、酸味の効いた苔桃は合うだろうか?


苔桃には、こんな花言葉もあることを


知っているだろうか?


「不実、不信‥」


ソルベを頬張る桃色の光景


言葉に出した灰色の情景


その、重ならないコントラストが


ひどく痛かった。




fin
こけもものソルベとローズヒップ

2008.04.12 jin

[補足]
ソルベ=シャーベット
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