ショコラ・オランジュは恋の味

 鋭く尖った美しい男ばかりのこの店には、特に興味などなかった。

「見た目の麗しさは中身の反映なのよ?」

 力説する女友達の言葉を鼻で笑って

「そんなこと、ある訳ないじゃない」

 ばかみたい。と、心で嘲る私。
 だって、本当にそう思うもの。



 甘いものは嫌いなのに、無理矢理連れて来られる。だからオーダーは、いつもブレンドオンリー。
 あまったるい男達の笑顔にすら、胸が焼けた。



「あんた達、まだ居るの?」
「勿論。もうすぐゲンマさんの来る時間だし」
「私も奈良君の上がりまでは居るつもり」

 口を揃えて言う女友達に半ば呆れながら、荷物を肩に掛けて立ち上がる。

「じゃあ、先帰るわ。また明日、学校で」

 かるい非難は聞こえなかったふりで、さっさと会計を済ませ、足早に表へ出る。


「ありがとうございました、」
 またのお越しをお待ちしております――


 そう言いながら微笑む色男に、何の感慨もない。

(あれは確か、カカシさん。興味もないのに名前覚えちゃった)




 外の風は一気に糖度を吹き飛ばし、胸が焼けるような不快感は一瞬で消える。


 ふわり。
 冷たい夜風に乗って漂ってきた苦い香り。


 嗅ぎ慣れたそれに誘われ視線を彷徨わせると、店の裏口で、唇から紫煙を燻らせている男が一人。


 パティシエかな?
 見たことない顔だ――


 真っ白なコックコートが、闇夜に浮き立って光を放ち、夜空を見上げる物言わぬ横顔は、何故か心を揺らした。


「煙草、一本頂けませんか?」

 自分の口から出た言葉なのに、理由は分からない。


 男と額がくっついてしまいそうな距離で、髪の毛から漂う不快でない程度の甘い香りを吸いこむ。
 火を点けて貰いながら見つめた掌は大きくて。
 武骨で朴訥でなのに器用そうで、眼前の男そのものだ、と思った。


 カンクロウ、と名乗った彼とそこで一本だけ煙草を吸うのがいつの間にか日課になっても、互いの口数は増えなかった。


 心地良い沈黙と、苦い煙の香り。
 一日にたった一度だけ近づく額。


 カフェに来てケーキも食べず、裏口へ向かう私を女友達は不思議そうに見てたけど、別に、どう思われても良かった。


「甘いもの、嫌い?」
「苦手」

 そう言った私に、寂しそうな笑みを向けた彼を、何となく見てるのが切なくて、もやもやして。
 そんな自分の感情を、持て余す。


 もしかして、此処もただの胸焼けを煽る場所になったかな…


「明日、食べて欲しいケーキがあるんだけど」

 次の瞬間、さらりと吐かれたその言葉に何故か従ってみようという気になって頷いた。


「俺のお勧めって言えば分かるようにしとくじゃん」
「分かりました」




 ――翌日。
 女友達に訝しい視線で見られながら


「カンクロウさんのお勧めで」

 初めて注文したケーキは、思いの外美味しくて。
 甘酸っぱいスポンジと、ほろ苦いチョコレートが口の中で溶けあい、自分の一番欲しかった甘さになる。




 食べ終えて外へ出ると、いつものように彼が煙草を銜えていて。
 かすかに眉根を寄せた、曖昧な笑顔をこちらに向けた。


「すごく美味しかった、あんな味なら毎日食べても良い」
「じゃあ、毎日作っとく(君の為だけに)」


 戸惑いの消えた優しい彼の笑顔を見ていたら、糖度控え目でなめらかなケーキが、まるで咽喉の奥でつかえているように、胸がぎゅっと締まった。





ショコラオランジュは恋の味
(カンクロウ…ったく。1個だけ特別仕様のケーキ、毎日作るつもりか?)
(愛がかかってんだから、仕方ねぇじゃん)





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2008.04.13 mims

>> オランジュ・ラブ
[補足]
ショコラ・オランジュ=オレンジジュースとリキュールをたっぷり染み込ませた
ジェノワーズ(スポンジ)で、ほろ苦いチョコレートムースをくるんだケーキ。
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