クレーム・パティシエールの躊躇

 いつも窓際の席に座って、決まって外を見つめている物静かな女の子。彼女の纏っている不思議な空気がずっとずっと気になっていた。

 二、三人で連れ立ってくる他の女性客とは違って、一人で訪れ、文庫本を片手に一時間ほど過ごすとしずかに去って行く。
 来るのはいつも夜。日が落ちたあと。

 最初は、コーヒーを飲みながら本を読むのが好きな文学少女かと思った。

 でも三度目の来店で、彼女が手に持った本へは一度も目を向けずに、外の闇ばかりを見つめていることに気付いてしまった。

 ――空の星でも見てんのか?

 その内、彼女の視線がもっと低い位置に固定されていることに気が付いて、ますます興味が沸いた。

 ――何を見てんだ。

 なのに、視線の先にひろがっているのはただの虚ろな夜で。
 焦点の定まらない憂いを帯びた瞳が、なにを映しているのかは分からなかった。


 いつの間にか、彼女が訪れるたびに無意識に目で追い、儚げな横顔に魅入られていて。


「おい、キバ」
「……」
「キ・バ!何ぼーっとしてんだよ。これあのテーブルな」
「あ、…おう」


 彼女にすこし近付くだけで、柄にもなく胸が高鳴る。


 相変わらず闇を見据えた双眸とガラス越しに目が合った瞬間、彼女の肩はぴくりと震えて。


「お待たせいたしました、」
「……」
「シュー・ア・ラ・クレームとカフェオレでございます」


 俺が頭をかるく下げると、かすかに潤んだ瞳で見上げられた。


 もしかして。
 彼女がいつも見てたのは、

 もしかして。もしかして。

 外じゃなくて、窓に映った俺?


「ごゆっくりどうぞ」


 声をかけてテーブルを離れると、さりげなくもう一度。彼女のすぐ傍の真っ暗なガラスを覗き込む。

 ドキッ――

 やっぱり……
 目が合った。
 これって偶然、じゃねぇよな。うん、偶然じゃない。


「お客様…」
「え」
「失礼ですが、」

 口許にクリームが…。彼女の方へ身を屈めて小声でささやくと、恥ずかしそうに頬を染めて、細い指先がくちびるを辿る。
 その仕草にギュッと胸を掴まれて。

 思考を介す前に、小さな呟きが漏れた――



(舐めちまいてぇ…)





2008.06.19 mims
[補足]
クレーム・パティシエール=カスタードクリーム
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