夜空
初めて会う人とお食事をして、お話をして。
ドキドキしているけれど、こんなのただの緊張のせい。
折角の美味しいであろう料理の味だって、素っ気無く感じてしまう。
あぁ・・・なんで私、こんな所にいて笑っているんだろう・・・
天然テクニシャン
+ 夜 空 +*Asuma Sarutobi*
「・・・で、こんな所で飲みなおしてるって訳か」
「うー」
呆れ顔で私を見つめる、幼馴染のアスマ。
「だって・・・全っ然、美味しく感じなかったんだもん!」
相手の方には失礼だけどさ、と零して、目の前の杏酒をごくりと飲む。
「ったく。わざわざ呼び出すからきてみりゃぁ・・・」
ふぅ、と本日何度目かの溜息と一緒に、煙草の煙をふわりと吐き出すアスマ。
親戚の紹介で行ったお見合いの席。
相手の方は良い人だったけれど、でも、それだけで。
ときめくなんてのは程遠く、この人とお付き合いなんてのも全く想像できなかった。
木の葉でも指折りの料亭に行ったのに、相手の話を聞いたり精一杯の相槌を打ったりで、全然楽しめなかった。
勿体無いにも程がある。
―――で。
口直しに、行きつけの居酒屋にアスマを呼びつけて飲んでいる、という訳だ。
「・・・ごめん、アスマ」
自分でも我侭だなんて事は分かってる。しょんぼりとして言うと、アスマは苦笑した。
「・・・ま。任務上がりで俺も丁度飲みたい気分だったから、よ」
おら、もっと飲むぞ、と自分のビールのジョッキをぐい、と呷り一気に空にする。
「ありがと、アスマ」
いつも通りのさり気無い優しさと・・・ごくりと上下したアスマの男らしい喉元に。
一瞬、心臓が跳ねた。
随分と小さい頃から・・・気づいた時にはもうアスマは隣に居て。
3つ上のアスマに置いていかれないよう、必死で男の子達にも負けないように追いかけた。
そんな私を、いつだってアスマは笑って待っていてくれたんだ―――
「お前も、いつの間にか酒強くなってたよなぁ」
くい、と手元のお猪口を煽るアスマ。
「アスマに付き合って飲んでたら、そら強くなるらー」
「って、お前呂律回ってねーじゃねぇか」
口は回らなくても、意識はやけにはっきりとしている。
だって、その証拠に・・・ほら。
カウンターの隣に座ったアスマの男らしい横顔。
緩められた優しい目元や口元だとか。
小さなお猪口を持つ、少しごつごつとした指だとか。
お酒で湿った唇だとか。
アスマを形作るもの一つ一つが、こんなにも鮮やかに私の目に映っているもの。
すごく、色っぽい。と思う。
線の細い男が持つような女性的なそれではなく、はっきりとした男の色香。
―――アスマってば、いつの間にこんな色気が出てきたの・・・?
「・・・っ!」
や、やだ、私ってば・・・!
急に沸いた邪な目線に、一人で頬を熱くする。その熱を紛らわすように、更にお酒を煽った。
「お前、ホントに大丈夫かよ」
顔真っ赤だぞー、なんて呑気に言って、煙草を燻らせながら私の顔を覗き込んでくるアスマ。
「だっ、大丈夫だから・・・っ」
だから、そんなに顔を近づけないで・・・!
無意識とはいえ、今はそのアスマの呑気さが少し恨めしい。
人の気も知らないで・・・
「ア、アスマも、もっと飲むのー」
自分の気持ちを隠すように、徳利を持ってアスマへと勧めた。
はいよ、と苦笑いしながらもお猪口を差し出す、アスマの何気ない視線にまでドキドキして。
何だか自分が自分ではないみたい。
お、お酒が足りないのよ、きっと!
だって。そうでなければ、今までずっと一緒だったアスマに、こんなにドキドキするなんて事・・・
「うー」
そんなもやもやを拭おうと、自分のお猪口に徳利を傾けたときだった。
にゅ、と横から手が伸びてきて、私から徳利を取り上げた。
「あぁぁー」
「おい」
取り上げられた徳利を追って手を伸ばす私に、アスマの低い声が耳元で聞こえた。
「お前は・・・もうその辺にしとけ」
少し厳しさを伴ったその声音に、ずくり、と体が疼いた。―――明らかに、熱を伴って。
「な」
言い聞かせるようにそう言いながら、がっしりと私の肩を抱き寄せるアスマ。
「・・・うぅー」
「茶、もらってやるから」
わしわしと髪の毛を撫でて、店員さんにお茶二つー、と声をかけてくれた。
「私、まだ飲めるー」
「あー、そーだな。お前は強いよ。でも、今日はもう終いにしとけ」
顔、真っ赤だぜ、と言って微笑むアスマ。
―――その、アスマの笑顔で赤くなってる、のに。
「馬鹿アスマ・・・」
「へーへー」
ぽつりと呟いて自分の肩におでこを押し付けた私の肩を、アスマはぽんぽん、と優しく叩いた。
「大丈夫かー」
「・・・うん」
静かな夜に、二人の声だけが響く。
ごめんね、と呟くと、笑い声と一緒に広い背中が少し揺れた。
「お前がここまで酔うなんて珍しいからな」
今回は特別のおんぶだ、と笑ってくれるアスマに、胸が温かくなる。
そうだ。
いつだって、アスマは私の隣でこうやって笑ってくれていて。その度に私は少しずつ・・・彼を好きになっていったんだ。
とくん、と。
甘く胸の奥が色づいたような気がした。
「アスマ・・・」
「あー?」
「ありがと」
大好き、とおんなじトーンで。想いで。
いざ口に出したら、嬉しいような恥ずかしいような、泣きたいような、色んな気持ちが襲ってきて、アスマの背中に顔を埋めた。
「あー・・・なまえ」
少しの間の後、アスマが困ったように呟いた。
「このまま・・・俺んち、行くからな」
そう言ったアスマの耳が、後ろから見ても分かるほど赤くって。
嬉しくてまた、広い背中に頬を寄せた。
ん、と微かに答えた私の声が、静かな夜空に吸い込まれていった。
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どっちも、天然。
2009.01.25 by みゅう@センニチコウ
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