眠れぬ君と夜想曲
今宵はめずらしく風がないせいだろうか、俺の心も不思議と凪いでいる。
いや、それはきっと風や月が理由ではなくて。
隣でしずかな寝息をたてる女の存在が、そうさせるのだろう。
生を受けた時から、ヒトとしての俺はいなかった。
生まれた日を恨まれる事はあっても、祝われることなどなくて。
こんなに心の穏やかな誕生日は、生まれて初めてだ。
ふっ。浮かぶ笑みに心なしか安らいで、繋がれたままの細い手に、そっと力を込めた。
天然テクニシャン
眠れぬ君と夜想曲
「我愛羅さま。まだおやすみになれないのですか?」
「…お前は気にしなくとも良い」
「でも、私は…」
我愛羅さまのお傍で添い寝するのも、職務の一環なのですから。と、申し訳なさそうに言葉を続ければ、自分の台詞で胸が痛い。
ほかに理由があれば良いのに。義務的でつめたい役目より、もっと体温の通う理由が。
「手を貸せ」
ひやりとした風影さまの血の温度が指先に絡む。
「寝付くまで、こうしていてくれ」
身体から守鶴を抜かれた彼がいまだに安眠を得られないのは、きっと不眠症の起因が一尾のせいばかりではないということ。
殆ど変わらない表情の奥には、私などには計り知れない思考や感情が潜んでいるに違いない。
「分かりました。では、どうぞお布団へお入り下さいませ」
ベッドサイドの椅子に腰をおろしかけたら、強く腕を引かれて。
気が付いたら、彼の隣へ滑り込んでいる。
「添い寝、も…お前の仕事のひとつなのだろう?なまえ」
「は…い……」
くちびるの端をほんのすこしだけ動かした彼。これは、きっと精一杯の笑顔。
「では、構わないよな?」
耳触りの良い声は、今にも笑い声に変わるのではないかと思うほどに柔らかい。
手を繋がれたまま、私から視線を反らす彼が何を考えているのか、凡人には分からなくて。
でも、いつもより楽しそうなその姿は、見ていて嬉しかった。
我愛羅さまのことだ、私が目を開いていれば、ご自分も寝付こうとはなさらないだろう。
時折ちいさく動く首の動きから、彼が私の方を見ている事には気付いていたけれど、早く彼に休息して欲しくて、そっと目を閉じる。
「おやすみなさいませ」
「ああ。おやすみ」
やさしい声が近くで響く。
触れていた手がするり、解かれたことにがっかりしていたら、しっかりと指先を絡められて。
ため息が漏れそうになった。
「……っ!!」
吐息を飲み込んで、気付かれぬように深呼吸をしてみても、ばくばくと脈打つ鼓動は静まらなくて。
寝返りすら息苦しい。
「なまえ…」
「はい」
顔をそっと動かして、我愛羅さまのほうを見る。
「眠れないのか?」
「いえ」
暗闇のなかでも透き通るような白い肌と、対照的な赤味のある髪が、ほんとうに綺麗で。
こんな状態で眠れる訳はないと思ったけれど、嘘を吐いた(一時でも早く彼に安らいで欲しくて)。
「そうか…」
低く力の抜けた声音に、鳩尾がきゅっと締めつけられる。
そのまま顔を見ていられなくて、視線を彷徨わせる。
壁掛けの時計の上、長針と短針はぴったりと重なって。
時刻はちょうど0時。
「我愛羅さま」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」
「……」
無言のまま、肩を抱き寄せられる。
柔らかな赤髪が頬に触れてくすぐったい。
「我愛羅…さま?」
「誕生日には、」
「はい」
「なにか贈り物を貰えるのだったな?」
「ええ」
くつくつと小さな笑い声が聞こえて、顔の向きを変えると、めずらしくゆるやかな笑顔になった彼の顔がすぐ傍。
「それは、物でなくてもいいのか?」
「ええ…構わない、と…思いますが」
かたちよく秀でた額も、うすい唇も、ふれそうに近くにあって。
驚いて顔を逸らそうとしたら、細い指に顎を掴まれた。
「……なまえ」
あまりにも甘い声が私を呼んで、力が抜ける。
深いふかい翠の双眸に、吸い込まれそうで。
そっと目を閉じたら
やわらかいものが
くちびるに触れた――
眠れぬ君と夜想曲
(職務ではなく、これからも俺と共に居てくれないか?) 2009.01.19 mims@mon amour
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